互いの意見をぶつける
そしてノーチス国王がローレランへと到着し、クライヴと重鎮たちを招いた会食が行われた。
その場にはパトリシアも同席している。
この国の宰相として重要な仕事であると理解しているため、少しだけ緊張した面持ちで待っていれば、部屋にノーチス国王とその部下たちが入ってきた。
「――」
ノーチスという国は文面等で知っていたが、そこに住む人たちがどのように暮らしているのか、この目で見たわけではなかった。
だからこそ、初めて見る異国の人々をパトリシアは思わず見つめてしまう。
褐色の肌に緑色の瞳。銀色の髪はキラキラと輝き、その髪を隠すように頭には布が巻かれている。
服装もこちらのようなドレスやスーツではなく、布を幾重にも重ねたような格好をしていた。
年齢はクライヴとそこまで変わらない見た目をしており、こんなに若い人が略奪で王となったのかと息を呑む。
じっと見つめてくる視線に気がついたのか、ノーチス国王はちらりとパトリシアをその印象深い緑色の瞳に映す。
「――っ!」
慌てて頭を下げれば、彼はすぐに視線を戻しクライヴの側まで向かう。
軽く握手を交わし、すぐに席についたので周りの者たちもそれを見守ってから、自らの席に腰を下ろした。
「お食事を用意させました。お口に合うといいのですが」
「歓迎に感謝致します」
二人の王が食事に口をつけたのを確認してから、会食がスタートした。
皆が会話を楽しむ和やかな雰囲気で進んでいるため、場の空気はとてもいい。
このまま上手くことが進んでくれればなと思っていると、ワインを飲んでいたノーチスの王がゆっくりと口を開いた。
「まどろっこしいのが嫌いなので、単刀直入によろしいですか?」
「――……こちらもその方がありがたいです」
一瞬にして静まり返る室内。
皆が二人の王に注視する中、彼らは互いの瞳に自分たちだけを写し合う。
腹の底を、探るように。
「今回の海賊の件、そちらはどうお思いですか?」
「我が国のせいではない、と」
「…………海賊はこの国をナワバリにしています。事前にそちらが捕まえていられれば、このようなことにはならなかったのでは?」
「小さな可能性のお話をするためにわざわざ我が国にきたわけではないのでしょう? ご用件をどうぞ」
おお……とどこからともなく声が上がる。
強気に出てくるノーチスに、クライヴは一歩も引かない。
これは長引きそうだなと水で喉を潤していると、ノーチスの王は小さく鼻を鳴らした。
「いいでしょう。単刀直入にいいます。こちらは失った分の補償をそちらにしていただきたい」
「金なら払いましょう」
「いいえ。金銭ではないのです。あいにく、そこに困ってはいませんので」
ではなんだと顔を顰めたクライヴに、ノーチスの王は手を上げ近くに待機していた使用人に合図を送る。
彼はなにやら薄っぺらい本のようなものを持ち、クライヴへと近寄った。
手渡されたそれを怪訝そうに見つつ、クライヴは表紙を開いた。
「――……これは?」
「私の妹に当たるものです」
「………………はい?」
「ノーチスの姫です」
「…………それが、なにか?」
「あなたの妻にしていただきたい」
「――!」
ざわりと部屋の中が大きくざわつく。
どういうことだとノーチスの王の行動をつぶさに観察する者たちが多い中、パトリシアは大きく目を見開いてクライヴの手にある本のようなものを見る。
なるほどあれは肖像画が描かれたものか。
つまりあそこにはノーチス王の妹が描かれていて、彼女をクライヴの妻にするためにやってきたのだ。
全てが繋がったことに肩から力を抜きつつ、そっと額を抑える。
こういうことが起きないとは言えなかった。
未だ国の中でも娘をクライヴの皇后に、できないのなら側室、愛人にと言ってくる者は多かった。
他国からその話が出てもおかしくはない。
つまりノーチスは王族を嫁がせることで、ローレランと友好な関係を築こうとしているわけだ。
だがしかし。
「無理です」
クライヴはスパッと断った。
すぐに肖像画を閉じると、それをノーチスの使用人へと返す。
瞬時に断ってきた様子に、ノーチスの王は目を見開いた。
「……なぜですか? 悪い話ではないでしょう。あなたはまだ結婚していない。我が国と友好的な関係を築けるチャンスです」
「ノーチスと友好な関係は私が築いてみせます。ですがそれは婚姻によってではありません」
「…………なにも皇后にしろとは言いません。側室でも」
「側室はとりません。私が妻にするのは皇后一人だけです」
「婚姻は国のためにしないと? あなたは国の主としての自覚が足りないようだ」
確かに婚姻は国のためにとする王が大多数だろう。
クライヴのように好きな人と、だなんてあまりないことだ。
だがしかし、ノーチス王の言葉にクライヴは怖気付くことなくきっぱりと言い切った。
「私の婚姻一つでどうにかなることなら、そんな手をとらなくても必ず成功させます。……それに、こんな私に嫁いでくるあなたの妹君がかわいそうでしょう。愛されることもなく過ごすのですから」
「なぜ愛さないと決めつけるのですか? 会ったこともないのに」
「あいにく愛を二つ三つに分けられるほど器用ではないので」
平行線。
話が交わることはなく、互いの意見を言い合うのみ。
これ以上はよろしくないなと、パトリシアは後ろにいる侍女に合図を送る。
彼女はその場を後にすると、すぐにワインボトルを一本持ってきた。
パトリシアはそれを受け取ると、立ち上がり二人へと近づく。
「我が妹だけに愛を与えることがあるかもしれませんよ」
「それはないです。そんなことが起こり得るなら、もっと前からあったはずですから」
「――しかし!」
「失礼致します。陛下、例のものをお持ちいたしました」
白熱する会話を遮り、パトリシアはクライヴに声をかける。
無礼なのは重々承知しているが、双方共に部下の前でこれ以上の白熱はよくない。
突然現れたパトリシアに気づき、二人ともハッとしたように顔を上げた。
「……ああ、ありがとう。ひとまず、今日のために用意いたしました特別なワインを飲みましょう」
「特別な、ワイン?」
ノーチス王の瞳がワインボトルを捉える。
パトリシアはそれを確認したのち、ワインボトルを軽く持ち上げながらにこりと笑う。
「ええ。我が国名産の特別なワインでございます」
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