カフェテリアラブストーリー

 四人で向かったカフェテリアは食事時だということもありとても混み合っていた。

 広々とした室内は、扉から一番離れた場所に調理室があり、カウンター越しにさまざまな料理が提供される。

 そこにいくまでにたくさんのテーブルや椅子が置かれており、二階や天気のいい日は外も使うことができる。

 そんな人々が集う場所はいつだって賑わいがあった。

 だがなにやら、普段とは違う騒がしさがあるように思えた。

 それは入り口から離れた場所。二階へと続く階段だった。


「……どうしたのでしょうか?」


「……」


「……ん〜。いつもの、かなぁ?」


「めんどくさ」


 どうやらパトリシア以外の人たちはなにが起きているのか理解しているようだ。

 騒動の周りに人が集まっており、中心を見ることができない。

 どうしたのだろうかときょろきょろしていると、その様子を見たシェリーが呆れた顔をしながら肩を叩いてきた。


「たぶんくだらない言い合いをしてるだけよ」


「くだらない……?」


「それでも気になるなら上から見た方が早い」


 階段は左右に二つあり、問題が起こっているのは左の階段下。

 シェリーに言われて上を見れば、確かにそこに人はおらず見やすそうだった。


「パティが気になるならとりあえず見に行ってみようか?」


「この学園のことを理解するならいい件かもな」


 いったい今なにが起こっているのか。

 はてなを浮かべるパトリシアを連れて、三人は上の階へと向かう。

 下よりも人の少ない二階部分は、下の騒動を気にしていないのか皆食事を楽しんでいる。

 どうやら日常的に問題が発生しているのは確実らしい。


「ちなみにフレンティア嬢はここ見てなにか思いません?」


「……女生徒がいらっしゃいませんね」


「上はお貴族様が使うってのが暗黙のルールみたいになってるのよ」


 なるほどと思う。

 二階は一階よりもテーブルや椅子がしっかりしているのに、使っている生徒数は少ない。

 男子生徒の中でも位の高い家柄のものしか使っていないのだろう。

 こんなところでも血筋が関係してくるとは。

 ふとため息をつきつつも二階フロアにある手すり越しに身を乗り出し、問題が起こっているであろう場所を見た。


「…………あれは?」


「マリー・エンバーの取り巻きたち」


「フレンティア嬢はマリー嬢に会ったことあるけど覚えてます?」


「ええ。エヴァンス様の乳母の娘さんですよね?」


「そう。見てればどんな人かわかりますよ」


 そう言われて渦中の様子を上から見つめる。

 マリーの両隣に彼女を守るように二人の男性がいて、その前には五人ほどの女子生徒がいた。


「あんたっ、本当いい加減にしなさいよ! あんたみたいな平民が上に行くなって言ってるでしょ!?」


「そんな……。私はただ二人と一緒にご飯を食べたいだけなのに」


「マリー、気にしなくていい」


「そうです。お気になさらず」


 どうやらマリーが上で食事をすることを咎めるため、女子生徒が数人でやってきたらしい。

「彼女の隣にいる方々は?」


「クロウ・ルージュとロイド・マクベス。どちらもローレラン帝国伯爵の息子。次男とか三男とかだからパティは会ったことないと思うけど」


「クロウは騎士としての成績が一位で、ロイドはテストの成績は常に上位です。どちらも目立つ存在ですね」


「だからあの女は近くに置いてんのよ」


「……」


 三人の説明を聞くに、どうやらあまり素行のいい女性ではないらしい。


「あの二人とシグルド・エヴァンス。この三人を手玉にとって好き勝手やってる感じね。毎回ああやって責められたりすると、泣いて奴らに縋るのよ。かわいそうなお姫様みたいにね」


 どうやらシェリーは彼女のことをとても嫌っているらしい。

 その様子はただ嫌っているというよりは、なにかわけがあるように思えた。

 あとで聞いてみようと考えていると、言い合いがエスカレートしてきているようで、ほぼ怒鳴り声に近い女性の声がカフェテリアに響く。


「調子に乗ってんじゃないわよ! あんたもただの平民じゃない! なのにお貴族ぶって私たちを見下して……っ」


「ひどい言いがかりですっ。私はみなさんを見下したりなんてしてません」


「マリーがそんなことするはずがないだろう。お前たちこそマリーをいじめて、恥ずかしくないのか」


「そうです。いつもいつもマリーが泣くまで追い詰めて……あなた方は性根が腐ってます」


 ずいぶんはっきり言うな、と男性の方を見る。

 クロウ・ルージュは騎士希望なだけあって、確かにがっしりとした体つきをしている。

 逆にロイド・マクベスはすらりとした体つきに、女性と見紛う美しい顔つきをしている。

 なるほどどちらも女生徒に人気が出そうだ。


「…………なぜ男性はあの手の女性に騙されるのでしょうか?」


「「さぁ?」」


「馬鹿なのよ。表面しか見ない、見えない、見たくない。ちょっと考えればわかることなのに、それをしたら関係が終わるのがわかってるからしないのよ」


 まあ少なくとも今の反応でクライヴとハイネが騙されることはないのだろうと理解した。

 そこは安心しつつも、未だ渦中の存在を見る。


「……どこにでもいるんですね」


 似たような女性を知っている。

 彼女がパトリシアの前に現れたことにより、生活は激変したと言っても過言ではない。

 この学園にこれた今となってはよかったと思えてはいるけれど、だからといって彼女の存在を許せたかと聞かれれば答えはNOというだろう。


「恋は盲目ってやつですね。まあ好きな人のいいところしか見たくないって気持ち、わからなくはないですよ」


「……そうですね」


 その通りだと思う。

 パトリシアもきっと、アレックスに恋をしていた時はそう思っていたのだろう。

 だからこそいつかわかってくれると、そんな夢を見ていたのだ。

 しかしそれは叶わず、夢は一瞬で砕け散った。


「そう? 相手のどんな嫌なところでも見て受け止めて、納得するまで考えるのが恋じゃないの?」


「お前のそれは恋というかもはや愛だよ。そこまでの域に達するやつが早々いると思うなよ」


「…………変なやつら」


 なんかすごいことを聞いたなと、シェリーと一緒になんとも言えない顔をしつつふと思う。

 嫌なところまでも受け止められるのならば、それは愛になるのだろうか。

 だとしたらパトリシアは彼を好いてはいたけれど、愛してはいなかったことになる。

 まあ、今となってはどちらでもいいのだが。


「ひとまず騒ぎの原因はわかったし、ご飯にしましょ。お腹空いたわ」


「賛成。今日はガッツリ食べよう」


「パティはなに食べたい?」


 クライヴの質問に答えつつ、パトリシアたちは階段を下る。

 今日のご飯はなににしようかと思いつつちらりと騒動の方を見れば、そこにはいつのまにかシグルドが来ていた。

 どうやら騒ぎを収めるためやってきたらしい彼は、間に入ってなにやら話をしている。

 女生徒たちも突然現れたシグルドに驚きつつも熱が落ち着いてきたのか、彼の話に耳を傾けていた。


「……」


 意外と生徒からの信用はあるのだろうかと見つめていると、たまたまこちらを見たシグルドと目が合う。


「――」


 大きく見開かれた瞳は、確かにこちらを見ている。

 どういうつもりなのかはわからないけれど、彼とは関わり合いになりたくない。

 そっと視線を外せば、あとのことはわからないからそれでいい。

 たとえ彼がどんな顔をしていようとも、ずっとこちらを見ていようとも。

 パトリシアには関係のないことだから。

 

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