父と娘

 パトリシアは書類を片手に皇宮を歩く。

 向かう先はクライヴが使っている執務室である。

 試行錯誤してなんとかまとめ上げた書類を、クライヴに見せに行くためだ。

 上手くいきますようにと心の中で願いながら、パトリシアは執務室の前に立つ騎士に目線を向ける。

 騎士はすぐに中に声をかけてくれて、入室の許可を得てから室内へと入った。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


「ありがとう。顔を上げて」


「ありがとうございます」


 言われるがまま顔を上げれば、そこにはクライヴともう一人いた。

 見覚えのある人に、パトリシアは目を見開く。


「お父様……? なぜここに?」


「そこらへんもまとめて話をしよう。パトリシア、座りなさい」


「……はい、」


 どうしてここに公爵がいるのだろうか?

 ソファーに腰掛ける公爵の正面に座ると、パトリシアは怪訝な顔を向けてしまう。

 娘のそんな表情を見て、公爵は細く笑みながら紅茶を飲む。


「こちらの話は色々長くなりそうだから、お前から先に話すといい」


「こちらも長くなりそうなのですが……」


「時間はあるから大丈夫だ」


 なにが大丈夫なのだろうか?

 なんだか不気味なくらい機嫌のいい父の姿に、ますます眉間に皺を寄せてしまう。

 ここ最近父とクライヴが頻繁に会っていることは知っている。

 だからこそ今日ここにいる理由を知りたいのだが、この雰囲気的に先に話してはくれないだろう。

 致し方ないとため息をついたパトリシアは、立ち上がるとクライヴの元に向かった。


「クライヴ様。こちらをご覧ください」


「……これは?」


「ネロ陛下との約束の件に関して、考えをまとめてきました」


「ノーチス国王との約束? お前はまたなにに首を突っ込んでるんだ?」


 そうだった。

 父がいたのだとパトリシアは振り返ると、ソファーへ向かい腰掛ける。

 クライヴが資料に目を通している内に、ネロとの約束を簡単に説明をした。

 彼からノーチスの新たな資金源を考えてほしいと言われたことを伝えれば、今度は公爵が怪訝そうな顔をする。


「どうしてお前にそんなことを頼むんだ?」


「私の友人がネロ陛下と親しくしていたらしく、奴隷解放案の件などを少しお話ししたんです。その流れで……」


 流石に実の父にノーチス国王に求婚されたなんて言えない。

 どうにか誤魔化そうと話をするが、そこはパトリシアの父だ。

 違和感のある娘の様子にいち早く気づき、大きくため息をついた。


「なるほど。クライヴ陛下が急がれる理由もわかった気がする」


「クライヴ様? なんの話です?」


「陛下。娘の作った書類はいかがですか?」


 意地でも先に話してはくれないらしい。

 むすっと唇を尖らせる娘を横目で見る公爵からの問いに、クライヴは視線を上げた。


「なるほどね。ノーチスの軍事力を買うのか」


「その通りです」


 パトリシアからの提案はこうだ。

 ノーチスの産業は金がほとんどであり、有限なものであるためネロはそこを危惧していた。

 金がなくなり財政難になれば、軍事に資金を回すことができなくなってしまう。

 小国でありながらも軍事力が高いため、他国からの侵略に耐えていたのだ。

 だが資金がなければ軍は弱体化し、いつどこでどの国から狙われるかわかったものではない。

 その際自国だけでは民を守れなくなるかもしれないことを不安に思い、ローレランに身内を嫁がせようとしたのだ。


「あえてその軍事力を使えばいいのです。ノーチスの軍が優秀なことは各国でも有名です。その軍を他国に派遣し、金銭を得ればいい。その報酬でさらに軍備を強化すれば、有限ではなくなります」


「…………そうだね。今のローレランは騎士団で成り立ってる。正直防衛的な面では強いが攻めるとなると話が変わってくるから、軍事力を借りれるならありがたい。……けど」


「いくつか懸念点がありますな」


 話を聞いていた公爵が口を開きつつ、考えるように顎に手を当てた。


「ノーチスの軍をローレランに入れるということは、仮に戦争に発展した時、内側から崩される可能性が高い。彼らはどこまでいっても他国の人間なのだから」


「わかっています。まず第一に戦争を起こすことはないでしょうが、仮にそうなった場合の対処も考えています」


「話しなさい」


 なんだか懐かしい光景だなとパトリシアは前に座る公爵を見る。

 昔はよくこうして己の考えを父に話していた。

 いつも的確にダメ出ししてくる父に泣かされたこともあったなと、少しだけ昔を懐かしんだ。


「……彼らは全て国境付近に配備し、その上に騎士団をつけます」


「なるほど。他国への牽制に使うということか」


「ノーチス軍の恐ろしさは他国も知るところですから、使わない手はないかと」


 内とは言っても最も外に近い部分に置けば、いざ戦争になった時もそこまでの被害にはならないはず。

 それよりもノーチス軍がローレランにいるという、圧力の方が魅力的なのだ。


「だが仮にノーチスの軍を買うとして、他国からローレランは戦争の準備をしようとしていると思われないか? 軍事力を高めれば高めるだけ、他国から嫌厭されることもある」


「ですのでノーチスには他の国へも同じ話をしていただきます。我が国の軍事力を買わないか、と」


「それでは結局戦力差は変わらないのではないか?」


 それでは意味がないと公爵は言うが、パトリシアは静かに首を振る。


「他国もお父様と同じように思うでしょう。内側に入れてもし戦争になったら、と。ですのでこの話を受ける国は限られるかと」


「なるほど確かにな。…………クライヴ陛下。ノーチス国王は信用に足る人物ですか?」


「腹の底まではわかりませんが、少なくとも積極的に戦争をしようとする人ではないです。そうでなければ、今回の海賊の件で攻めてきてたでしょうし」


 ネロが信用できると思った点はそこだ。

 彼は武力を持って制するのではなく、言葉を持って和解を持ちかけてきた。

 それだけで、彼がどれほど国民のことを思い平和を願っているかがわかる。

 だからこそパトリシアもこの話を進めたいと思った。

 少なくともネロが統治している時代ならば、信頼し合えるはずだ。

 公爵はしばしの沈黙ののち、クライヴへと顔を向ける。


「まだまだ荒い考えではありますが、検討してみるのはいかがでしょうか? 例の件も合わせれば、悪い話ではないかと」


 まさか公爵からの後押しがあるとは。

 驚きつつもクライヴのほうを見れば、彼はパトリシアと目が合いにこりと笑う。


「もちろん。ちょうどよかったかもしれない。まあ、お茶でも飲んで。パティに聞いてほしいことがあるんだ」

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