足りないところを補える仲

「そういうことなら私はまず手紙書いてくる!」


「シェリー、一旦落ち着いてください」


 勢いのまま突き進もうとするシェリーを止める。

 思い切りももちろん大切ではあるけれど、誰かを招くのならばそれなりに準備をしなくてはならない。


「まずは計画をきちんと立てましょう。人を呼ぶのはそれからです」


「……確かに。こうと決めたら突き進むの私の悪い癖だ」


「でもいいところでもありますよ」


 その大胆さのおかげで、物事が上手く動くこともあるだろう。

 とりあえず村を見て周り、そのあと話し合いの場所を用意してもらう形にしたほうがよさそうだ。

 そう思って歩き出そうとしたパトリシアを、クライヴが止める。


「俺たちはこれから鉱山のほうを見てくるつもりだから、二人は部屋で話し合いするといいよ」


「ですが……」


「鉱山は誰か一人でも見てくればじゅうぶんだよ。中は舗装されてなくて危ないし。セシル卿、パティたちを頼む。ルージュと数人の騎士はついてこい」


「「はっ」」


 それだけ言うと、クライヴは騎士と共に鉱山の方へ向かってしまう。

 残ったパトリシアの元へ、シェリーが腕を組みながらやってくる。


「クロウ・ルージュは役に立つの?」


「こういう場面で騎士としての力を見極められますから」


 非常事態の際の動き方もきちんと理解しておかなくては、専属騎士にはなれない。

 クロウにとってはいい経験だろうと彼らを見送る。


「そういうもんなんだ。……というか、なんかあいつ焦ってない?」


「……そう、ですね」


 シェリーも感じたのかと、遠く離れていくクライヴの背中を見つめる。

 なにか確信があるわけではないが、今のクライヴは普段とは少しだけ違う気がしたのだ。


「大丈夫だといいのですが……」


「ね。……ま、今あれこれ言ってても無駄だし、話し合いしようか。ジェイコブさん、またお家借りてもいいですか?」


「もちろんです! どうぞこちらへ」


 案内されるがまま、パトリシアたちはもう一度家へと戻る。

 パトリシアとシェリー、そしてセシル卿は一室へと通された。

 そこはどうやら客間らしく、セットの机と椅子、大きめなソファにベッドが置かれている。

 簡素な部屋ではあるが、きちんと手入れされているなとあたりを見回していると、セシル卿が壁際へと移動した。


「私のことはお気になさらず。お二人の護衛ですので同じお部屋におりますが、置物とでも思ってください」


「こんな爽やかイケメンが置物は無理がある……」


「どうせならセシル卿もお聞きください。そしてご意見いただけたら嬉しいのですが」


「……パトリシア様がおっしゃるのでしたら」


 部屋の隅にいたセシル卿を呼び寄せ、三人で机を囲んだ。

 なにかあった時ようにと用意しておいた紙に、ひとまずワイン計画と書く。


「私はワインに詳しくはないのですが、三年間熟成させたというだけで高く売れるものなのですか?」


「もちろん質も重要だけど、希少性と手間にお金を払いたがる富裕層は多いわ。裕福な村とかは三分の一残しておいて熟成期間を長めたりするの。それこそ皇宮とかで出されるんじゃない?」


「確かに皇宮などで出されるワインはよいものだと思いますが……」


「さすがにこの村から出すワインがすぐに皇宮レベルは無理だけど、お貴族様とかになら売れるんじゃない?」


 それはどうだろうかと口を閉ざす。

 貴族たちの中には平民を馬鹿にする者もいる。

 それがさらに元奴隷が作ったものとなると、拒絶するものも多いだろう。


「……一つよろしいですか?」


「えっ、……どうぞ」


 まさかセシル卿から話しかけられるとは思っていなかったらしいシェリーは、若干気まずそうに彼へ話を振った。

 軽く頭を下げたセシル卿は、紙を見つめながら口を開く。


「そのターゲットは貴族でなくてはならないのでしょうか?」


「…………どういう意味?」


「いっそ、中間から下をターゲットにしてはと思いまして」


 セシル卿の言葉にハッと閃いたパトリシアは、納得したように手を叩いた。


「そうです! コンセプトは【少しの贅沢】で、どうでしょう!」


「少しの贅沢? どういう意味?」


 意味がわからないと首を傾げるシェリーに、パトリシアはわかりやすく説明をした。


「シェリーの意見は素晴らしかったのですが、残念ながら貴族の中には元奴隷が作ったということに嫌悪感を出す人も多いです。そこをターゲットにしても売れるとは思えません」


「……そうなんだ。貴族って、そんなふうに思ってるんだ。なるほどね……。ならターゲットは成金や金持ってる平民ね!」


 さすが理解が早い。

 シェリーは紙にざっくりとワインを作る工程から時間や作れる量、そこから割り出される人件費なども計算していく。


「ざっくり見たけど出来はよさそうだし、あれを全てワインにするってなると人手は必要になるけれどかなりの量はできる……。だいたい量をこれくらいと見積もって、そこから三年間の熟成。一樽からボトル約三百本とれるとして……このくらいの値段になるけど、どう?」


「……私の感覚ではだいぶお安いと思うのですが、どうなのでしょう?」


 ワインをここまで安く買えるのかと驚いてしまったのだが、それを聞いたシェリーは呆れたように肩をすくめる。


「平民からしたらかなり高いわよ。まあ出せない値段じゃないけど、一年に一度の贅沢って感じ?」


 なるほどそうなのかと紙をじっと見つめる。

 やはりここでも己の無知さを思い知ってしまう。

 金銭的感覚は幼い頃から身に染みついたものであるため仕方ないのだろうが、そこの違いをきちんと理解していないとこういう時に見極めることができない。


「……私だけではダメでした。本当に、シェリーがいてくれてよかった」


「パティ……。それは、こっちも同じよ。貴族がそんなふうに思ってるなんて知らなかったもの。私だけだったら、金額上げるだけ上げて、大損になるところだった。パティたちと一緒にいると、知らない世界を知れて嬉しいわ」


「……私もです」


 お互いの知らないところを知れていくというのはありがたい。

 知恵はついたらついただけ、パトリシアの考えを底上げしてくれるからだ。

 なるほどこの値段だと平民たちは出せなくはないが高いと感じるということは、このくらいの値段なら毎日買うこともできるのだろうかと考え込んでいると、それを見ていたシェリーがセシル卿へと声をかけた。


「セシル卿もね。あなたの意見のおかげでなんだか道が見えてきた気がするわ」


「お役に立てて光栄です」


「そうと決まったらあいつが帰ってくる前に一通りの計画立てちゃいましょ!」


「はい!」

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