いつかこの地は有名になる
「外の様子を見てもよろしいでしょうか?」
「もちろんです! どうぞ」
ひとまずは人が住んでいるところだけでもと案内され、村の様子を簡単にだが知ることができた。
作り途中の家のところでは流民たちから話を聞くこともでき、彼らは元奴隷たちにとても感謝していて、この土地で暮らせることをとても喜んでいた。
力仕事は大変だけれど、村のために頑張るとまで言ってくれている。
いい関係を築いているのだなと安心しつつ見ていると、遠くから先ほどの子供たちの遊ぶ声や大人たちが談笑する声が聞こえてきた。
穏やかな日々の一面が見てとれて、無意識にも口端が上がる。
奴隷解放案を出した時、上手くいくと思いながらもどこか不安はあった。
そしてクライヴから移民の話を聞いて、己の力不足を実感した。
計画通りに進まなかった時ほど、その後の対応をきちんとしなくてはならない。
ここでしっかりと学ぼうと拳に力を入れていると、不意にシェリーが前方に向かって指を刺した。
「ねぇ。あれって葡萄畑?」
「そうです。戦争の際、ローレラン帝国で被害に遭ったのはこの土地だけで、周りはそこまでの被害がなかったそうなのです。移民たちがこの土地に住み始めてすぐ、無事だった葡萄の樹をこっちに移したみたいで」
「でも葡萄って収穫には二、三年かかるわよね? まあすぐに植えたのなら今年くらいは収穫できるのかもだけど……それにしたって量が多そうね」
「樹を根本から持ってきたらしいので」
「……確かに体大きい人いるみたいだけど……よく実がなったわね」
シェリーに言われて見てみれば、奥の方に葡萄畑がある。
房はできているがまだ身はなっておらず、小さな粒がついているだけだ。
なるほど葡萄はああやってなるのかと見つめる。
「とはいえ今は別に食べるものもできていますから、子供たちがおやつでつまむくらいなんです。そろそろあそこも木を伐採して、他のものを植えようかと考えています」
「まあ……」
もったいないなと思ってしまった。
あれだけ立派に実をつけるのには、シェリーが言うとおり二、三年はかかるのだろう。
だがしかし、確かに不要なものならば新たに必要なものを植える方がいいだろうと口を閉ざそうとしていると、シェリーが大きく目を見開いた。
「もったいない! あれだけ綺麗な房ができてるなら実もいいはずだわ。ワインにでもしたらいいのよ」
「……ワイン、ですか?」
「ええ。私の地元がワインで有名なのよ。だから…………」
「…………シェリー?」
急に止まったシェリーに声をかけると、彼女は突然クライヴの方へと体ごと向いた。
「ねえ! ここをワインで有名な土地にするのはどう!?」
「……突然どうした」
「すっごいこと思いついたけど果たしてこれが可能なのかわからないの! だからあんたたちに聞いて理解して審査してほしい!」
「…………案外冷静なんだな」
突如思いついた名案に興奮しながらも、シェリーの中で成功するという確信が持てないようだ。
こういうところが彼女らしいなと思いながらも、興奮に揺れる肩をそっと叩く。
「どうしたんですか?」
「うちの村はワインが有名で何人もやってるのよ。んで、そうなってくると跡取り以外の次男三男が余るわけよ」
「なるほど。そいつらをここに連れてこようって?」
「そう! 作り方は知ってるんだから、向こうにもこっちにもいい案じゃない? 葡萄の時期以外は他の収穫も手伝えるし」
男手として次男や三男が家に残る場合もあるが、人手が多いところならわざわざいさせる必要もない。
村ぐるみでやっているならば、働き手は溢れているのだろう。
シェリーはそういった溢れた人たちをここに連れてくるのはどうだと言っているのだ。
確かに彼らに生産をある程度任せることができれば、余った人を鉱山のほうに回せるかもしれない。
しかし。
「無理だろ。ここに人がいない理由は二年前の戦争だ。戦地が敵国側だったから被害がここだけで済んだが、逆を言うならここは真っ先に戦場になる。みんなそんなことはわかってる」
そう。
だからここにローレランの民が来ることはなかったのだ。
シェリーの地元から人が来るとは思えない。
だがしかし、そんなクライヴの言葉をシェリーは軽く否定した。
「わかってるわよ。だから別に移住しろなんて言わず、働き手としてここに一時的に住まわせるのよ。本拠地が別の村にあるなら、戦争が起こりそうな雰囲気があったら逃げればいいんだもの。働き口があって、しかも儲かるってなったら来たいやつらは多いわ」
「…………そんなもんか?」
「そんなもんよ。平民の金への執着舐めちゃだめよ。稼げるってなったら最終的に移住を考えるやつらだって出てくるわ」
あまりの力説にそういうものなのかと納得してしまった。
黙り込んだクライヴとパトリシアに、シェリーは畳みかけるように言う。
「しかもよ! ここは鉱山がメインの資金源であり、三年間の納税免除。なら多少ワインの熟成期間を増やしたところで、痛手ではない!」
「熟成期間?」
ワインの製法に詳しくないパトリシアが不思議そうに聞けば、シェリーは人差し指を立てて説明してくれる。
「いい? ワインは熟成させたらさせただけいいと言われているの。期間が長ければ長いほどお値段が上がるのよ。けどね、基本的なワインは一年ほどの熟成で世に出回ってしまう。なんでだと思う?」
「生産性だろうな。平民にとって二年は長い。その間収益が見込めないとなると厳しいだろう」
「そう! さらに、そこに災害等が発生してワインがだめになったら収入はゼロ! なら一年の熟成で出した方がお金になるってことよ」
なるほど確かにその通りだ。
元々金銭的に余裕があるのならいいが、そうではないところはすぐにでも収益を出したいはず。
仮に一年のところを二年待ったとしても、その間に豪雨や火災などでなくなってしまっては意味がない。
そういう意味では確かにこの土地でのワイン製作はいい案かもしれないなと思う。
「三年。私たちからしてみたら一年や二年変わらないと思うかもしれないけれど、ワイン好きからしてみたらこの熟成期間はデカいわよ!」
「高値で売れるってことか」
「もちろん。それをやっていくうちにこの土地のワインってことに付加価値がつくの。そうしたらがっぽりよ!どう? やってみる価値ありそうじゃない?」
「……それは成功した場合、職人たちの給金を除き利益は出るのか?」
「あったりまえよ! 私が出してみせるわ」
シェリーの目がキラキラしている。
どうやらよほど自信があるらしい。
そんな彼女の姿を見つつ、クライヴはちらりとこちらへと視線を向ける。
「……」
どうやら意見を求めてきているようだ。
確かに今、この村に必要なのは生産である。
なにかを生み出し利益を得なくては、村は存在できない。
今すぐは鉱山の利益が得れるが、それもいつまで頼れるかはわからない。
宝石は有限であるから。
しかし葡萄を元につくるワインならば、それは少し話が変わってくる。
シェリーの言う通り鉱山もあり、さらには納税義務免除の三年間なら、最悪の事態が起こってもあまり痛手にはならない。
「…………ジェイコブさん」
「は、はい!」
「やってみる気はありますか?」
とはいえ、だ。
こちらがよしと思ったとしても、実際にやるのは彼らである。
なので意見を求めたのだが、ジェイコブは少しだけ考えるような素振りをした後、すぐに拳を握り締めた。
「フレンティア様がやれとおっしゃられるのなら、我々は喜んでやらせていただきます」
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