帰る場所

「移民たち?」


「はい。話すと少し長くなるのですが……」


 ことの詳細はこうだ。

 戦争が終わった後のこと。

 移民たちはこの地を訪れ、最初は近くの山の中でひっそりと暮らしていた。

 しかししばらく経ってもこの地に人が来ることはなく、彼らは少しずつ山から抜けてここで生活をし始めたらしい。

 そして元奴隷の彼らがくるまで、この地に人が来るとこはなかった。


「…………視察が、来ていたと思うのですが?」


「彼らが言うには見には来たけれどそれだけだったと……」


「なるほど。ここの領主を探るよう、皇宮の騎士に指示を出せ」


「かしこまりました」


 こっそりと後ろの方でクライヴが騎士の一人に耳打ちした。

 それを横目で見つつ、パトリシアもまたジェイコブにバレないようクライヴに小さな声で聞く。


「奴隷たちがくるというのに、移民たちを放置しますか?」


「ここの領主は奴隷をこの地に送ることを最後まで嫌がっていた。移民と奴隷がこの土地をかけて殺し合いでもしてくれたら、領主にとっては万々歳だろ」


 ここの領主は最後まで奴隷解放案に反対していたらしい。

 元々かなりの量の奴隷を持っていたらしく、その存在を手放すのを渋ったようだ。

 だからこそこの地にやってくる奴隷たちが移民と問題を起こせば、解放案を見直すきっかけになると考えたのだろう。

 愚かなことだ。

 そんなことを許すほど今の帝国は甘くはなく、すぐにでも監査が入るだろう。

 小さな欲望で全てを失う羽目になるとは、当人も思っていなかったことだろう。


「ではあの家などは移民が?」


「はい。彼らは元々家を作る仕事をしていたらしく、慣れた様子で次々と作っていました」


 確かに移民たちは戦争で土地を追われただけであり、手に職をもつ者がいてもおかしくはない。

 それならこの復興具合も頷ける。


「我々が最初にここに来た時には、騎士の人たちが追い払っていた後だったのですが、数日後にはまた戻ってきて……。最初はやはりどちらも自分の暮らす土地を侵されたくないと言い合いや殴り合いをしていたのですが……子供は素直です」


「子供?」


「はい。移民も奴隷も関係なく、子供たちは遊ぶんです。その姿が楽しそうで……。我々は皆、過去に辛い思いをしてきた。だからこそ、その光景が奇跡なのだと知っているのです」


 そっと視線をずらし窓の外を見る。

 大人の背ほどの木の根元で、五人ほどの子供たちが楽しそうに遊んでいる。

 あの中の何人が元奴隷で、何人が移民なのか見ただけではわからない。

 そんな光景を彼らも見たのだろう。


「そのうち大人たちも冷静になってきて、ぽつぽつと話をするようになったのです。お互いの境遇など……。仲良くなるのに、大人も子供も関係なかったんです」


「……つまり、共存する道を選んだ、と」


「はい。もうお互い元の土地に帰ることは叶わないのなら、ここを生きていく土地にしようと」


 生まれた土地に帰ることは叶わない。

 ならせめて生きて死ぬ土地くらいは、自分で決めたい。

 その思いは元奴隷たちも移民たちも同じなのだろう。


「彼らは家や道を、我々は農地を。それぞれ分担して頑張っております」


「……そうですか。双方にとっていい結果となれてよかったです」


 どうやらパトリシアたちがあれこれしなくても、移民問題は解決できそうだ。

 ほっと息をついて安心していると、それを見ていたジェイコブが朗らかに笑う。


「ありがとうございます。我々も最初はどうしたものかと不安でしたが……なんとかなるものですね」


「本当に。生活の方でなにかご不安なところなどはございませんか?」


「ここは土地が広いですし、農作物も豊富にとれるようで、彼らと協力しつつやっています。納税を三年免除していただけていますので、余裕があるくらいです」


 本当は三年の免除では少ないくらいだと思っていた。

 しかしそれ以上伸ばしてしまっては、法案が通らない可能性も出てくる。

 なので多少無理をしてでも三年間の猶予としたのだが、むしろちょうどよかったらしい。

 自らの案がきちんと機能していると知れてよかったと思っていると、話を聞いていたクライヴが口を開く。


「鉱山のほうはどうなっている?」


「一通り専門家の人と見に行き、かなりの量がとれることがわかりました。……しかし、」


 この土地の有力な財源の一つである鉱山には、数多の宝石が眠っている。

 それをとることができればこの土地も豊かになるだろうが、ジェイコブは言い淀んだ。


「人手が足りていないのです。今は農作物をつくり、人々の家を建てることに必死で……」


「人手か……」


 元々最初の数年は、農作物を大量にとることは不可能だと踏んでいた。

 当人たちが食べていけるだけの量があればいいだろうと思っていたのに、想像以上に豊作なのだろう。

 そちらに人がとられ、鉱山のほうまで手が回っていないのだ。


「我々もそちらに手を回したいのは山々なのですが……」


「…………そうか」


 ちらりとクライヴを見れば、彼は顎に手を当てて考え込んでいる。

 その様子を見てなんだか違和感を感じた。

 元々頭のいい人だし、こういう問題を解決するために力を尽くすタイプでもある。

 けれどそれにしては、深く考え込んでいると感じた。


「クライヴ様?」


「……あ、ああ。うん、なに?」


 小声とはいえ呼ばれても気づかないくらいには思考を巡らせていたらしい。

 やはり変だなと、彼の目を見つめる。


「……大丈夫ですか?」


「――うん? パティのほうこそどうしたの?」


 どうやら話す気はないらしい。

 こうなった彼は頑固だから、無駄に詮索する方がよくないと判断した。

 まあきっと、そのうち理由はわかるだろうとお気楽に考えていた。

 それがまさかあんなことになるなんて。

 この時は思ってもいなかった――。

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