村へ

「……どうなっているのでしょうか?」


 馬車がゆっくり止まり、村についたと知らせを受ける。

 騎士たちの警護の元降りた三人は、その光景に目を見開いた。


「……綺麗」


「ええ」


 先ほどまでの道とは違いきちんと舗装されている道にぽかんと口を開いてしまう。

 足元は舗装された道以外は薄くではあるが草が生え、至る所にまだ若さは残っているが木々が根付こうとしている。

 この町は大きな鉱山を背にしているのだが、その鉱山にも細く弱いが木々が生えていた。

 少し前のところまでは悲惨な現状だったのに。

 一体何が起きているのかと唖然としていると、パトリシアたちの前に小太りの男性が走ってくる。


「こ、これは皆さま、皇宮からの使者様でございましょうか?」


「そうです。ここを纏めている者に話が聞きたいのだが……」


「わ、私がそうですが、な、なにかございましたでしょうか?」


 守るために三人との間に入ってきた騎士からの問いに、小太りの男性は顔を青ざめさせた。

 まあ確かに突然皇宮から使者がきたら驚くよなと、彼らを安心させるためにパトリシアが一歩前に出る。


「ご安心ください。ここの様子を見てくるようにとの、皇帝陛下からのご指示です」


「皇帝陛下から……。そうですか。本当に、皇帝陛下のお心遣いには感謝しかございません。……失礼ですが、皆様はどういった方々なのでしょうか?」


 騎士と学生服の生徒が一緒にいるのは確かに不思議に思うだろう。

 しかもそんな人たちが皇宮の使者ときたら、どんな身分の者たちなのか気になってもおかしくはない。

 これは聞かれるだろうと踏んでいたため、馬車の中で打ち合わせをしていてよかったと安心する。

 パトリシアは軽く頭を下げつつ礼をして、自らの名を告げた。


「申し遅れました。私はパトリシア・ヴァン・フレンティアと申します。後ろの二人は私の友人です」


「どうも」


「こんにちは」


 お忍びとして来ているクライヴの正体を明かすわけにはいかない。

 なのでただの友人として紹介したのだが、そこに違和感を感じることはなかったようだ。

 むしろそんなことは一切気にしていないかのように、ポカンとパトリシアを見つめている。


「…………」


「……あの? どうかなさいましたか?」


「……フレンティア、様? もしや、公爵家の……」


「――はい。私はフレンティア公爵家のものですが……」


「……そうですか、そうですか……っ。あなた様がっ」


 目元を手で覆い膝から崩れ落ちた男性を、慌てて騎士の一人が支える。

 急にどうしたのだろうかと心配していると、突然男性はパトリシアに向かって頭を下げた。


「ありがとうございます、フレンティア様。あなた様のおかげで私たちは自由になりました。この御恩は一生忘れません……っ」


「…………それは、私ではありません。皇太子殿下のなさったことです」


「ええ、そうです。そうですが……私たちは知っています。深くは言いません。しかし、知っているのです。だからこそ、あなたにお礼を言いたかった」


 どうして、とパトリシアはクライヴのほうを見た。

 この法案は皇太子の名の下に決定されている。

 彼らがその裏でパトリシアが動いていたことなど知っているはずがないのに。

 クライヴも知らなかったのか小首を傾げている。


「なぜ、私が関わっていると?」


「…………我々の中には皇宮で働いていた者もおりました」


「……皇宮で、ですか」


 確かに皇宮で見聞きしたものがいたのなら、彼が知っているのも頷ける。

 本来ならばそのような重要な話を流してしまうのは罪であり、バレたら罰せられることもあるだろう。

 しかし噂というものを完全に止めることはほぼ不可能に近く、こういった形で流れてしまってもおかしくはない。

 これに関しては、きちんと隠しておかなかった自分に非がある。


「……解放法案は皇太子殿下のお力によるものです」


「はい、もちろんでございます。この話を他に流したりなど致しません。ただ、いつか御恩をお返しできたらと思っているだけでございます


「……ありがとうございます」


 ここまできたら否定するのもおかしいだろう。

 お礼を一つ述べれば、彼はもう一度深く頭を下げる。


「申し遅れました。私はジェイコブと申します。ここで皆をまとめている者ですので、お話は私からさせていただきます」


 こちらへと案内され町を歩けば、やはり思っていたよりも栄えているように見える。

 家は小さくもきちんと作られているし、道もある程度は補強されている。

 彼らがここに連れてこられてから半年も経っていないのに、ここまでの暮らしができるものなのだろうか?

 不思議に思いながらパトリシアたちはジェイコブの後をついていき、この中でも比較的大きめな家へと入る。

 もちろんそばには騎士たちが控えており、パトリシアのそばにはセシル卿とクロウがいた。


「汚いところですが、どうぞお座りください」


「ありがとうございます。……あの、一つよろしいですか?」


「はい。なんなりと」


「なぜここはこれほどまでに村として機能しているのですか? 家も道も、草木なども。ここに来てすぐ取り掛かったのだとしても、間に合うはずがありません」


 用意されていた椅子に腰掛けつつ、パトリシアは気になっていることをジェイコブに聞いた。

 確かに帝都から最低限の職人が派遣され、家などは作られていたはずだ。

 しかしここまで早くいくつもの家が作れるとも思えない。

 それに道もだ。

 なにかがおかしいとパトリシアが疑問を投げかければ、ジェイコブはああ、と納得したように頷いた。


「それは、移民たちがやったんです」

 

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