麗しの姫君
クロエ王女。
隣国アヴァロンの王女であり、ハイネの実姉。
ハイネと瓜二つのはちみつ色の髪は、女性にしてはとても短く切られている。
同色のはちみつ色の瞳のそばにほくろはなく、代わりに口元にひとつ。
それが彼女の色香を醸し出しているようで、男女問わず一度は見惚れてしまう美しさだ。
そんな彼女はパトリシアの手の甲に口づけを落とした後、立ち上がってもなおその手を離すことはしない。
「僕の白百合、パトリシア。本当に会いたかった。君の笑顔を見ることができて、僕は幸せ者だね」
「クロエ王女殿下。こちらこそ、お会いできて光栄です」
「姉様! もう少し忍ぶってことできないんですか?」
「なんだいたのか」
まあ確かにあまりにも目立っている。
彼女の護衛だろう騎士たちも、その後ろで困惑した顔をしていた。
人混みが避けられていいにはいいが、しかしここまで目立ちすぎるとかえって護衛しづらいのだろう。
当人はわかっているのかいないのか、ハイネの登場にため息を一つ。
「我が弟ながら、本当に男なのか疑いたくなるな。こんなに美しい人を前に、賛美の一つも口にできないのか?」
「そういうことを言ってるんじゃありませんっ。ここはローレランです。迷惑をかけるようなことはしないでください」
「大人しく護衛されてるだろうが。目立つ目立たないは僕の知ったことじゃない」
「せめてもう少し落ち着いたかっこうを……」
「そんなことより」
ハイネが苦言を呈する前に、それを遮るようにクロエは口を開く。
彼に向かってぐっと近づくと、顔をかなりの至近距離で覗き込む。
なるほどこう見ると二人はよく似ている。
細部の違いはあれど双子のようだった。
「お前は無能か? 学園に行くのはいいが、セシリーに手紙の一つでも送ってやるのが男としての礼儀じゃないのか? 婚約者をまるっと放置というのはいかがなものかと私は思うがな」
「――、」
おや、とその話を聞いて気づく。
確かにハイネは王太子だ。
彼に婚約者がいてもおかしくないのに、そのことが頭からするっと抜けていた。
なぜだろうかと考えてすぐに気がつく。
彼がその手の話題を口にしたことがないからだ。
なにか理由でもあるのだろうかと疑問に思いながらも話の続きを聞く。
「お前が国に戻ればセシリーとの結婚が待っている。良好な関係を築けるよう努力するのもお前の役目では?」
「…………それは、」
ちらりと、ハイネの視線がこちらへと向けられる。
本当に一瞬の出来事ですぐに離れたからなんだったのかはわからなかったけれど、彼はこの話をされるのを嫌がっているように見えた。
友人が困っているのなら手助けをしようと、パトリシアは一歩前に出る。
「クロエ王女殿下。お話は一旦そこまでにして、もしよろしければ学園内をご案内いたしましょうか?」
「ああ、僕の白百合。君は本当に優しくて気がきくね。ずっと一緒にいたいと思うよ。……けれど残念だ。僕にはやらなくてはならないことがあってね」
「やらなければならないこと?」
そう言って彼女は懐から一枚の手紙を取り出した。
封筒には蝋印でアヴァロンの刻印がしてある。
つまりあれは、アヴァロン王国からのものというわけだ。
「学園長に渡さなくてはならなくてね。僕がきた理由の一つがこれなんだ」
「まあ。学園長に? それは一体どういった内容なのでしょう?」
アヴァロン王国の王女自ら運んだ手紙を、王太子が通っているとはいえただの学園長宛に渡すなんて。
一体どんな内容なのだろうか。
不思議そうにしているパトリシアに、クロエはどこか楽しげに首を振った。
「白百合の頼みでも今は言えないんだ。きっと楽しいことが起きる。それだけは保証しておくよ。それじゃ、僕は学園長に会いに行ってくる。また必ず会おう、パトリシア」
クロエはそれだけ言うと、護衛の騎士を連れ学園の中へと向かう。
その間にもたくさんの人の視線を集めて。
「台風かあの女は……」
ぽつりとつぶやかれたクライヴの言葉を否定できるものはここにはいないだろう。
黙って聞いていたシェリーは、腕を組み納得するようになんども頷いた。
「あれは強いわ。すごい。あんなふうになれたら人生楽しそうよね」
「これ以上災害を増やすな……」
ぐったりしている様子のハイネに、パトリシアは流石に声をかけた。
「クロエ王女殿下はきっと、ハイネ様のことを心配してたんですよ」
「心配……? こっちのほうが心配なんですが。姉様なにするつもりだ? 楽しいことって、それ絶対自分がってことじゃんか……」
確かにクロエの持ってきた手紙の内容は気になった。
しかし今は知る術がないため、いつかなにかが起こるまではどうすることもできない。
「流石にあんたには同情するわ」
「…………そりゃどーも」
今後も波瀾万丈になりそうだなと、いなくなったクロエの後ろ姿を思い浮かべた。
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