売られた喧嘩は買う

 一旦落ち着こうと、パトリシアたちは人混みから少し離れた場所へとやってきた。

 ぐったりとしているハイネのためでもある。

 ひとまず人のいないところまでやってきた四人は、ほっと息をついた。


「……疲れた。なんであんななんだうちの姉様は」


「第三者としてはとっても楽しい人だったわよ」


「他人はいいな!」


 はぁっと大きくため息をつきながら、ハイネは芝生へと腰を下ろした。


「何やろうとしてんだか……」


「学園長とのお話とはなんなのでしょうか?」


「国ぐるみか……変なことにならないといいけどな」


 まあクロエも自由人とはいえ、国がらみでおかしなことをするとは思えない。

 きっと大丈夫だろうと信じようとしていると、人混みとは逆の方から数人こちらに向かってやってきた。


「あら。こんにちは、皆さま」


「こんにちは……フレンティア嬢」


「お久しぶりです! フレンティア様!」


「どうもです」


「…………こんに、ちは」


 レッドクローバーとして仕事をしていたのだろう、シグルド、ロイド、クロウ、そしてマリーがいた。

 四人が四人とも違う反応をしてくれて、正直面白いなと思ってしまう。


「こんなところでどうしたんですか?」


「少し人混みに酔ってしまいまして……」


 嘘ではない。

 まあ細かいところまで話す必要はないだろうとそう伝えれば、顔色の悪いハイネを見て納得した様子だ。


「フレンティア様は大丈夫ですか!?」


「私は大丈夫です。ハイネ様が少し」


「……今は放っておいてくれ」


 ロイドが心配してくれたようだが、パトリシアは元気なので大丈夫だと頷いた。

 ハイネは完全にやる気を失っているらしく項垂れている。


「確かにすごい人数ですもんね。フレンティア嬢、お怪我はありませんか? 本当はずっとついてお守りしたかったのですが……っ」


「お断りします」


「騎士団がいるんだからお前は必要ないだろ」


「こんな時くらいおそばにいてお守りしたいと思うのが騎士です」


「お断りします」


 実は創立祭の前にクロウに護衛をしたいと声をかけられていたのだが、丁重にお断りした。

 クライヴの言うとおり、護衛には皇宮の騎士がついてくれているのでじゅうぶんなのだ。

 それに彼は学園の騎士選択者として、パレードなどもある。

 学生としての楽しみを奪いたくはないというのが本音だ。


「…………パトリシアさんって、露店のものとか食べるんですか?」


「え? はい。先ほど初めてですがいただきました。とっても美味しかったです」


「…………ふーん。味覚は一緒なんですね」


「なんだと思われてるのでしょう?」


 舌の構造は一緒なのだから美味しいと思うものも似ているはずなのに。

 マリーは心底意外そうな顔をしてくる。


「だって……。お金持ちっていいものしか食べてないから味覚すら違うのかと思ったんです。庶民のものなんて口に合わないと……」


「そんなことはありませんよ」


 その理論でいうのなら、幼少期首都を離れていたシグルドはさておき、ロイドやクロウはいいものしか食べておらず味覚が違うことになる。

 彼らはよくマリーと共にカフェテリアの食事を堪能しているのだから、そんなことはないとわかりそうなのに。

 いや、これは雰囲気的にわかってて言ってるなと、マリーに向かってにっこり微笑む。


「意図は読めませんがおっしゃりたいことがあるのなら捻らずに伝えてください。聞くくらいはしますので」


「――…………いえ。なんでもないデス」


「なんで勝てないのに喧嘩売るの?」


 シェリーを思い切り睨みつけたマリーは、シグルドの後ろに隠れることにしたらしい。

 そんな彼女を見る目は、皆どこか哀れみがこもっている。


「……我々はそろそろ行きます。見回りがありますので」


「俺も。集合の時間だ」


「パレードですか?」


「はい! フレンティア嬢も見にきてくださいますよね?」


「もちろんです」


 果たして騎士希望の学生たちは、どれほど連携のとれた姿を見せてくれるのか楽しみである。

 ちなみに皇宮の騎士たちのパレードは凄いという言葉が安っぽく聞こえてしまうくらい素晴らしいのだ。

 洗練された動き、意思疎通のとれた細かな連携。

 指先の一本一本にまで神経を巡らせたその姿は、特に若い女性たちに人気だった。

 きっとここでもそうなのだろう。


「頑張りますので! 必ず見にきてください!」


 走って去っていくクロウと反対方向に向かうシグルドたち。

 彼らを見送った後ハイネの方を確認すれば、彼は少し調子を取り戻したのか顔色がよくなっていた。


「ご気分はどうですか?」


「もう大丈夫です。あんな姉のせいで楽しめないなんてそっちのほうが嫌なので。どうせなら食べまくってやりますよ」


「いいわね! 食べ物もいいけど……あとでアクセサリーでも見に行かない? こんなところに売ってるのは安物ばっかりだけど…………もし、いいなら、パティとお揃いのものが欲しいの」


「――お揃いっ! もちろんです! 買いましょう!」


 嫌がるわけがない。

 友人とお揃いのものなんて最高すぎる。

 それはどんな高価なものより価値があると、パトリシアはシェリーの腕を掴む。


「なににしましょう。髪飾り? それともブレスレットとか?」


「見て決めよう!」


「はい!」


 こんなに楽しい日々があるなんて、パトリシアは知らなかった。

 だからきっと、浮かれていたのだと思う。

 知らない世界が楽しすぎて。

 だから気づかなかったのだ。

 近づいてくる、馬車の音に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る