変わり果てた

「これなんていかがでしょうか?」


「え、可愛い……。これとどっちがいい?」


「まあ、そっちも可愛いですね」


 悩んだ末に二人はお揃いのブレスレットを買った。

 ガラスで蝶をあしらったそれを、パトリシアは紫、シェリーはオレンジの色違いを選ぶ。

 腕につけてしばらく眺め、満足してから改めて色々なところを巡る。

 食器やアクセサリー、食べ物飲み物とさまざまなのものがあった。

 見ているだけでも楽しめるなとは思いつつも、結局は色々と買ってしまう。

 他にもまだ見ていないところがたくさんあるため、全店制覇しようなんて盛り上がっていると、突然声をかけられた。


「クライヴ殿下、フレンティア嬢」


「エヴァンス様…………どうなさいました?」


 それは先ほど別れたシグルド、ロイド、マリーだった。

 彼らはパトリシアを見つけると複雑そうに眉を寄せる。


「……あの、少しいいですか?」


「……はい」


 どうしたのだろうか。

 彼らに連れられて人混みを避け、校舎の裏手へとやってきた。


「何かあったのか?」


「…………皇宮から馬車がきてます」


「皇宮から?」


「はい。……皇室の馬車です」


「――」


 皇室の馬車に乗れる人は限られている。

 今なら皇帝、皇后、そして――。


「……誰が、来てるんだ?」


「………………皇太子殿下です」


 ドクンっと、心臓が大きく動き出す。

 耳の奥から頭全体に響くように聞こえるそれはとても嫌な感じで、パトリシアは胸の前で強く拳を握りしめた。

 大丈夫。

 別になんてことはない。

 大丈夫。

 大丈夫。


「……わかった。俺が会いにいく」


「それが……。フレンティア嬢も呼ぶようにと」


「…………」


 一体なんのようだろうか?

 なんだか嫌な予感がしたけれど、今のパトリシアはただの一学生で、公爵家の令嬢だ。

 皇族からの命令を無視などできるはずがない。

 わかってはいてもすぐに行きますとは言えないパトリシアの様子を見たクライヴが、そっと首を振る。


「いや。兄上には俺から言う。パティはこのままここで」


「――いいえ、大丈夫です。私も行きます」


「…………でも」


「大丈夫です。私ならもう」


 クライヴに迷惑をかけるわけにはいかない。

 それにどんな用事かもわからないのだから、こんなに不安に思う必要はないはずだ。

 大丈夫。

 きっと上手く笑えているはずだ。

 笑顔の練習ならずっとしていた。

 だから、バレてないはずだ。

 この震える手足は。


「…………わかった。案内してくれ」


「裏門のほうに馬車が停められてます。中に案内しますと伝えたのですが、この騒ぎの中目立ちたくないと」


 確かに表の入り口が盛大に賑わっている今、裏門などはほとんどの人が気にもとめないだろう。


「あの、私たちは……?」


「皇太子殿下はクライヴ殿下とフレンティア嬢を連れてくるようにと。申し訳ないが他の人を連れてはいけない」


「…………パティ」


「大丈夫です。少しだけお待ちください」


 二人にまで不安そうな顔をさせてしまった。

 申し訳ないと思いながらも、パトリシアはそれ以上の言葉を紡ぐことができない。

 友人の不安を拭えないなんて、なんて情けないことか。

 二人を置いて、クライヴとパトリシア、そして案内役のシグルドは共に裏門の方へと向かう。


「…………」


 ずっと、心臓がうるさい。

 どくどく、どくどくと徐々に早まるその音に、無意識にも息が荒れていく。

 あの日。

 婚約破棄を宣言してから、彼とは口を聞いていない。

 だからもう、会うことはないのだと思っていたのに。

 まさかこんなところで再会することになるとは。

 ようとはなんだろうか?

 なんの話があってパトリシアを呼んだのだろうか?

 わからない。

 彼の思考が。

 幼い頃からずっと一緒にいたのに。

 今ではただの他人で、二人を繋ぐ関係性に名前はない。


「……パティ」


「……、はい」


「辛くなったら俺の後ろに隠れて」


「…………ありがとうございます。けれど本当に、大丈夫なんです」


 優しいクライヴの言葉に微笑みを返して、すぐに表情を変える。

 真顔に近いであろうそれで、パトリシアは彼の元へと向かう。

 昔クライヴに聞いた。

 病が、悪化していると。

 大丈夫だろうか?

 漠然と心配している自分がいる。

 もう治っているといいのだが。

 ミーアと、仲良くやれているといいのだが。


「――」


 そうだ。

 いっそ婚約発表でもしてくれた方が、ずっと心が軽くなるはずだ。

 いつも通りの元気な姿を見せてくれれば、それだけでもこの心は救われる気がする。

 そうだ、大丈夫。

 大丈夫、だと、思っていたのに。


「――、」


 馬車に近づく。

 皇室の紋章が飾られたそれの前に、その人はいた。

 眩いばかりの金の髪に、深い海のように美しい青い瞳。

 幼い少女が夢見る王子様だ。

 なのに。


「…………」


 青白い顔。

 目の下にある隈。

 明らかに痩せたその姿を見て、パトリシアの心臓はまたしてもギュッと縮まった。

 彼はこちらを見る。

 その青い瞳をただ真っ直ぐ、こちらへと向けてきた。


「…………パトリシア」

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