数には意味がある

「パティ!」


「シェリー!」


 学園の方へと向かえば、そこには心配そうな顔をしているシェリーとハイネがいた。

 パトリシアの姿を見つけると、二人とも駆けつけてくれる。


「大丈夫!?」


「皇太子はなんのようだったんだ?」


「よくわかんない。手紙を手渡してきただけ」


「……手紙?」


 流石にハイネは疑問に思ったのか、片眉を上げていたけれどそれをクライヴが視線で制す。

 その程度このことで皇太子が来るなんておかしいと、彼ならわかったはずだ。

 しかしクライヴはシェリーに余計なことを教えたくないらしく、それ以上をその場で話すことはしない。


「なんでこんな急にきたんだろうね? しかもよりにもよって今日! 創立祭なのに!」


「皇宮からのご用事だったみたいですから、急ぎだったんですよ」


「……ならなんでパティが呼ばれたの?」


「……少しご用事があったようです」


「――そっか」


 無理やりな話だったのに、納得してくれたのはシェリーの優しさからだろう。

 それに甘えることにしつつ、パトリシアは彼女の手をとった。


「それよりまだ時間もありますし、露店を見ましょう!」


「……そうだね! 楽しまなきゃ損だよね!」


「はい! 行きましょう!」


 まだ楽しい時間はたくさんある。

 四人は改めて露店を見たりしつつ、時間になったら騎士選択のパレードを見に行った。

 完璧ではない出来ではあったけれど、それでもみんなが努力をして練習したのがわかり、心を揺さぶられた。

 他の人たちもそうなのだろう。

 周りには涙ぐんでいる人たちもいる。

 きっと、彼らの中から皇宮で働くものたちも出てくるだろう。

 夢を追う彼らの姿は、パトリシアの心を強く動かした。


「……羨ましい」


「ん?」


「あんなふうに、夢に向かって全力になれることが……羨ましいのです」


 汗をかき、息を切らしているのに笑顔で。

 キラキラと輝いているそれは、ただ美しかった。


「……パティの夢ってなに?」


「…………なんでしょう? 明確にこれだというものはないのですが……そうですね」


 自分が望む将来とは一体なんなのだろうか?

 結婚するだけが全てではないと思いながらも、その後を思いつくことができないでいる。


「私にしかできないことを、やってみたいです」


「パティにか……できないこと……」


 それはなんなのか。

 答えはまだ出ていないけれど。

 そう遠くはないと、そう思っている。


「よーし! 次はまた露店行こう!」


「まだまだ食べれるわ」


「ワイン飲みたい」


「学生の身では無理ですね」


 四人はまたしても露店の方へと向かい、食べ物や飲み物を物色していく。

 蜂蜜酒が売っていてシェリーが飲みたそうにしていたけれど、腕を引っ張って諦めさせた。

 ここにきてお気に入りになった葡萄のジュースを片手に持ちながら歩いていると、ふととあるものが目に入った。


「…………」


「パティ? それ欲しいの?」


「え、あ、いえ……」


 それは露店にて売られていたブローチだった。

 立ち止まったパトリシアの隣にシェリーが立ち、一緒に覗き込んでくる。

 そんなシェリーの後ろ、クライヴとハイネが近くの露店で食べ物を買っているのを確認してから、パトリシアは店主に声をかけた。


「あの、これをください」


「はーい! ちょっと待ってくださいね」


 店主さんが準備をしている間に、シェリーがこそっと話しかけてくる。


「パティがつけるの?」


「いえ、これは……」


 実は悩んだ。

 一目惚れに近い形で手にしてしまったけれど、これを渡していいものか。

 もっといいものをたくさん持っているだろうから。

 だからこれは買っただけ。

 渡すかはわからない。


「……渡せたら、いいなぁと」


「渡す? 誰に?」


「クライヴ様に」


「うっわ。それ喜ぶから絶対渡したほうがいいよ」


 どういう反応なのだろうかと首を傾げそうになりつつも、パトリシアは店主からブローチを受け取る。

 宝石なんてついてないガラス細工の、しかしとても綺麗な五つの薔薇が施されている。


「……喜んでくれるでしょうか?」


「喜ぶよ。パティからのものなら絶対なんでも。そこらへんに売ってる飴玉でも喜ぶ。断言できる」


 そんなわけはないのだが、そこまで言ってもらえると安心できた。

 いつ渡せるかはわからないけれど、それまでは大切に持っておこうと思う。


「いつか……。その時が来たら」


「…………うん。渡せるといいね」


 シェリーの言葉に笑って頷けば、ちょうど同じタイミングでクライヴとハイネが戻ってきた。


「二人とも。向こうででっかい肉食べれるって」


「時間も時間だしガツっと食べて終わらせようか」


「そうね。お開きの時間になると人混みやばいし」


「では最後にもう一度葡萄ジュースを飲みましょう!」


 みんなで葡萄ジュースを飲んで、片手にはお肉を持って。

 笑って騒いで。

 なんて楽しい日々なのだろうか。

 パトリシアは思う。

 こんな日々がずっと、続けばいいのにと――。

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