その手紙ははじまり

 今日という日はパトリシアにとって、特別な日になった。

 友達と夜まで遊んで、美味しいものを食べて。

 半分こなんて初めてだった。

 お揃いのアクセサリーも、何度もした乾杯も。

 大満足の日を過ごせて、本当に楽しかった。


「……はぁ。楽しかった」


 ベットに横になりながら思う。

 アレックスと会い話したことが遠い過去のことのように感じるのは、きっとクライヴのおかげなのだろう。

 あんなに辛くて悲しかったのに、彼のおかげで笑うことができた。

 単純な自分に呆れつつも、シェリーやハイネに必要以上の心配をかけずにすんでよかった。


「…………」


 あの時はあまりにも衝撃だったため落ち込んでしまったが、冷静になった今は沸々と怒りが湧いてくる。

 もし仮に今後会うことがあれば、恨み言の一つくらい口にしてやろうと心に決めた。

 もしくは平手打ちの一撃くらいは食らわしてもいい気がしている。

 こう、頬めがけてやってやろうと軽く素振りをしつつも、どうせならもう会うことのないよう祈る。

 それこそ触らぬ神に祟りなしだ。

 日々を健やかに過ごしていこうと思っていると、突然ドアが叩かれた。


「……はい?」


 どうやら誰かが来たようだとベットから立ち上がり、ドアを開けに向かう。

 割と遅い時間なので一体なんのようだろうかと疑問に思いつつ開けると、そこにはクライヴが立っていた。


「クライヴ様?」


「ごめんパティ。少しいい? 外、出れたりする?」


「はい。大丈夫ですけれど」


 パトリシアは慌てて上着を羽織ると、鍵を持って部屋を出る。

 どうやらクライヴから話があるらしく、こんな時間に部屋に入れるわけにはいかないからと一階へと向かった。

 普段は管理人がいる場所の奥に、小さな空間がありそこには簡易的なテーブルと椅子が置かれている。

 そこへ腰を下ろすと、さっそくとクライヴが手紙を見せてきた。


「兄上からもらったやつなんだけど、父上からのものだった。内容はいくつかあるから見せることはできないんだけど、その中に興味深いものがあってさ」


「興味深いもの?」


「うん。元奴隷たちが今住んでる場所のこと」


 元奴隷たちは今、過去に戦地であった土地へと移住している。

 かの土地は農作物もよく育ち、近くの鉱山からは質のいい宝石が採れるため、放置しておくのはもったいなかった。

 しかしまた戦争になった場合、その地が戦地になることは確実。

 いま土地を持つ者たちが好んでそこに移住するとも考えにくかったため、彼らがそこに住んでくれるのは国としてもありがたいのだ。

 三年間の納税免除の代わりにその地に住むことを約束させたが、そこがどうかしたのだろうか?


「あの地がどうかしたのですか?」


「移民が住んでたみたい。それで少し問題になったみたいで……」


 確かにあそこは国境に近く山が近い。

 戦争の際に移民となった者たちが、あそこらへんでひっそり暮らしていてもおかしくはなかった。

 そこまで頭が回らなかったのは自分の落ち度だとそっと顎に手を当てた。


「移民……確かにいる可能性を考えるべきでした」


「仕方ないよ。それよりも問題を解決すべきだ。移民たちと元奴隷、共存させるか否か」


「……国としては元奴隷の方々を住まわせたいですが、移民たちを放っておくこともできませんもんね」


「話聞いてる限りは難しそうだね。険悪な感じだったって」


「……」


 そうなった場合、移民たちを移動させなくてはならない。

 しかし今、元奴隷たちを生活させていくだけでも国は苦労しているのに、それに追加して移民たちもとなると話はだいぶ変わってくる。


「国としてはどうなさるおつもりですか?」


「国として答えるのならば移民は排除」


「……では、クライヴ様としては?」


 国がとる選択肢はそれしかないのだろう。

 元々ローレランの民ではないのなら、守る必要はないと言える。

 しかしそれは国として、皇子としての意見だ。

 クライヴ個人の意見はどうなのかと聞けば、彼はにやりと笑う。


「俺個人としては移民を受け入れたい。彼らのためじゃない。この国がもっと豊かになるためには、働き手は多い方がいい。まあ、限度はあるけどね」


「……そうですね」


 全てを受け入れることはできなくとも、可能な限りは受け入れてもいいだろう。

 しかしタイミングが悪い。

 今彼らの住む場所を用意することはできないだろう。

 どうするべきか。

 パトリシアが眉間に皺を寄せて考えていると、そこをクライヴの指先が軽くつつく。


「眉間。パティがそんな顔する必要はないよ」


「ですが……」


「実はその話は少し前にもらっててね。父上にお願いしてたんだ」


「お願い?」


「うん。見に行ってくるよ。俺が直接行って」


「……それ、は」


 確かに視察として皇子が向かうこともあるけれど、それはもっと安全で表立ってやるパフォーマンス的な意味合いが多い。

 しかしこれは違う。


「身分は隠していくよ。公的な視察ではないけれど、皇宮からのって話で騎士は連れてくから大丈夫。首都よりこっちのほうが近いし、一日もかからないで着くから」


「…………そうですか」


 確かに騎士がつくのなら下手な旅より安全だろう。

 しかしそれでも危険がないわけではない。

 それなのに皇子が向かうなんて。

 それほど厳しい状況なのだろうか?

 元奴隷たちはちゃんと暮らせているのだろうか?

 移民たちは?

 考えれば考えるほど、色々なことが気になり始めてしまう。

 もっとパトリシアが考えればよかった。

 ありとあらゆる可能性を吟味すればよかったのに、それができなかった。

 移民という存在を言葉では知っていても、彼らの生活を深く理解していなかったからだ。

 文面だけではだめなのだ。

 もっとちゃんと、知りたい。


「……、」


 そう。

 もっと深く、いろいろなことを知りたい。

 ただ知識として知っているだけではダメだ。

 もっと詳しく、もっとちゃんと。

 そのためにすべきことはなんなのか。

 すぐにわかった。


「――私も、連れて行っていただくことはできませんか?」


「パティも? ……危険だよ?」


「分かっています。それでも……」


 命の危険があったとしても、行ってみたい。

 この目で見て、理解したいのだ。

 パトリシアの意志が強いことに気がついたのか、クライヴは腕を組んで少しの間考える。


「……それは、パティの夢に必要なの?」


「…………どうなのでしょう?」


 騎士選択のパレードを見た時、彼に夢の話をしたことを思い出す。

 自分にしかできないことをしたい。

 明確ではないながらも、パトリシアの中にあるこの思い。


「今の私は、わからないことをわからないままでいたくないだけみたいです。わがままですね、とても」


 わからないからできない。

 わからないからやらない。

 そうじゃなくて、わからないならわかりたい。

 できるようになりたいと、そう思う。

 それがいかにわがままなことかもわかっているが、もし叶うのなら理解したいのだ。

 進める道があるのなら歩み続けたい。

 クライヴはしばし悩むように目を閉じた後、ゆっくりと開けパトリシアを見る。

 その表情はとても穏やかで、答えは聞かなくてもわかってしまった。


「いいよ、一緒に行こう。パティのことは必ず守るから、安心して色々なことを知っていこう」


「――……はい。ありがとうございます、クライヴ様」


 彼に何度お礼を言ったのだろうか?

 それほど助けられ、救われているのだ。

 いつかお礼ができたらいいなと思う。

 それこそ、パトリシアにしかできないなにかを。

 彼のためになる、なにかを。

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