甘い甘いお姫様

 突如投げかけられた言葉に、パトリシアは信じられないと振り返った。

 今彼女はなんと言った?

 そんなことで婚約破棄したのか、とそう言わなかったか?

 表情を険しくするパトリシアとは対照的に、セシリーは心底理解できないという顔をした。


「王が側室をとるなんて普通ではないですか? わたくしもまあ……クライヴ様が側室を娶るとなったら悲しいかもしれませんが、そんなことで婚約を破棄したりいたしませんわ」


「…………」


 あまりのことに口を開くことすらできない。

 ぎゅっと力を込めていないと、怒りのままになにをしでかすかわかったものではないからだ。

 怒りで一瞬目の前が真っ白になったが、一度深く深呼吸をすることでなんとか元に戻した。


「おい、いい加減に――」


「クライヴ様」


 クライヴが彼女を諌めようとしてくれたけれど、あえてそれを止めた。

 今回ばかりは自らの口で伝えないと気がすまないのだ。

 パトリシアは一度二度と深呼吸を繰り返し、少しだけ落ち着きを取り戻した。

 もう大丈夫だとセシリーと向き合った時、またしても彼女は爆弾を投下する。


「パトリシア様は少し考えが甘すぎるかと。皇族になるのならば多少の我慢は必要かと思いますわ」


 甘い?

 この人はなにを言っているのだろうか?

 確かに王が側室をとることは珍しくはない。

 けれど別に、そこだけで婚約破棄を決めたわけではない。

 たくさんの原因があって、たくさんの理由があって。

 悩んで悩んで決めたことなのに。

 どうして、彼女にそんなことを言われなくてはならないのだろうか?

 あまりの怒りにじわりと涙が溢れそうになり、力を込めて瞳閉じた。

 泣いてなんてやるものか。

 ゆっくりと目を開けたパトリシアの瞳は、力強いものだった。


「――セシリー様は私の考えが甘いと、そういうのですね」


「ええ。側室をとることくらいお許しになられればよいではないですか。パトリシア様が皇后になることは変わらないのですし」


「ではセシリー様はあなたが愛する人が他の人を愛しても、許されるのですね?」


「もちろんです。わたくしは例えクライヴ様が他の方を愛していても、そのかたと仲良くいたしますわ。だってそのほうがクライヴ様も嬉しいでしょう? わたくしはよき妻となりたいのです」


 別にパトリシアはクライヴのことだなんて言っていないのに、彼女の中では決定事項のようだ。

 まあ最悪そこは一旦いいだろうと、そっと瞳を細める。


「セシリー様と結ばれるかたはお幸せですね。……ですがセシリー様はそれで本当にお幸せですか?」


「……なにが言いたいのです? 幸せに決まっているではないですか。愛した人と結ばれるのですよ?」


「愛した人があなたを愛していなくても? 一方的な愛でもいいと?」


「……結婚しているのですから、少しはわたくしにも愛を向けてくださいますわ。クライヴ様はそのような不義理なことは致しませんもの」

 

 ああ、と理解した。

 そもそもセシリーはこのことを深く考えていない。

 もしかしたら自分の身に起こるかもしれないなんて、思ってもいないのだ。

 それなのになぜ、こんなことを言えるのだろうか?

 はぁ、とため息をついたパトリシアは鋭い視線をセシリーへと向けた。


「お幸せな頭をしてますね。考えが甘いのはセシリー様のほうではないですか?」


「――え?」


「あなたはいつもそうです。自分の意見が正しいと、相手の心なんてなに一つ気にしていません」


「そんなことはありません! わたくしは皆さまのことを思ってアドバイスを……」


「きちんと理解されていないかたからのアドバイスなどありがた迷惑です。今後はお控えください」


「……っ、ひどい。どうしてそのようなことをっ」


 涙を溢れさせたセシリーへ、パトリシアは背中を向ける。

 彼女ともまた、話し合いをしても無駄なのかもしれない。

 けれど束の間とはいえ友人だったのだから、せめて少しは彼女の間違いを正す手助けはしたいと思う。

 だから最後に、せめてもと口を開く。


「あなたが今傷ついたように、あなたの言葉で傷ついた人がいるのだとお気づきください。少なくとも私は傷つきました。……これから先、誰かと友達でいたいのなら、少しは相手のことをお考えください」


 それだけを伝えると、パトリシアはクライヴ、アレックスへと視線を向ける。

 彼らはすぐに理解したのか、踵を返すとその場を後にした。

 この後もまだミーアの問題を話し合うのかと頭の痛い思いをしていると、不安そうな顔をしたクライヴが近づいてくる。


「パティ、大丈夫?」


「大丈夫です。彼女が少しでもわかってくれるといいのですが……」


 もう少し考えて行動しなければ、彼女はいつか必ずひとりぼっちになってしまう。

 気付ければいいのだが……と考えつつも、すぐに思考をすり替えた。

 今はセシリーよりもミーアの方が先だ。

 パトリシアは黙ってついてくるアレックスへ、強めな視線を送った。


「全てお話し願えますか?」


「…………わかった」


 彼からの許可を得たパトリシアは、一つの部屋へと通された。

 すぐにお茶やお菓子が出てきたが、残念ながら手を出している心の余裕はない。

 パトリシアとクライヴが隣同士に座り、アレックスが前へと腰を下ろした。


「ミーアさんと、どうなっているのですか?」


「…………ミーアとは、別れた」

 

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