背中を刺される

「パティ!」


「クライヴさ――ま!?」


 ミーアを騎士に差し出したあと、パトリシアたちの元へクライヴとセシリーがやってきた。

 彼はパトリシアを見つけると走り寄ってきて、勢いそのままに抱きついた。


「クっ、クライヴさま!? な、な、なにを!」


「怪我は!? 怪我はしてない!? あの女に会ったって聞いて、居ても立っても居られなくて……」


「大丈夫です! ハイネ様が助けてくださったので」


「ハイネ! ありがとう! あとなんか冤罪ふっかけられたらしいけど安心していいから」


「あーうん。そこは気にしてない」


 ばっと抱きついてばっと離れる。

 そこに色恋は一切なく、見られた時はまずいかと思ったが、周りで物見している人たちは気にしていなさそうなので大丈夫かと安心した。

 クライヴは近くにいる騎士たちに指示をしたあと、ほっとしたように息をつく。


「それにしてもなんでこんなことに……?」


「それが……」


 先ほどあったことをクライヴに話せば、彼の顔がどんどん険しくなっていく。

 逆にその少し後ろで聞いているセシリーは不思議そうな顔をしており、対極的な様子に苦笑いを浮かべてしまう。


「なにそれ。なんでそんなに話が通じないわけ?」


「さぁ……?」


「俺もびっくりした。なんか切羽詰まった様子で怖かったし」


 確かにハイネのいうとおり、彼女の様子は常軌を逸していたように思える。

 前以上に話が通じなくて、なにかに必死になっていたようだった。

 三人が考えるように黙り込んでいた時、片頬に手を当てて首を傾げたセシリーが口を開いた。


「そのミーアさんという方が皇太子殿下の恋人なのですか?」


「え? ……ああ、はい。そうですよ。元奴隷で今は下女としてこの皇宮にいます」


「まあ! 皇太子殿下の恋人なのに下女をされてるんですか? そんなのはおかしいです。彼女はそれ相応の待遇を受けるべきですわ」


「いや、今はそんなことを話している場合じゃなくて」


 なぜミーアがあんな行動をとったのか、を話し合っているのだが、彼女はそんなことよりもミーアの待遇が気になるようだ。

 ふんっと鼻息荒く、セシリーが両手を強く握った。


「彼女はきっと自らの境遇を悲しんでいるんですわ。もっと大切にされるべきだと。優遇されるべきだと訴えたかったんですわ」


 それは少し違う気がするが、まあミーアの真意はわからないので否定のしようがない。

 諸々どうしようかと悩んでいると、そんな彼女をハイネが止める。


「おい。他人の意思を決めつけるなって昔から言ってるよな? あとそこはお前の出る幕じゃない」


「まあ。かわいそうな人がいたら手を差し伸べてあげるべきではないですか!」


「だーかーらー!」


「まあまあ。お二人とも落ち着いて……」


 この二人が言い合いをしても意味がないと止めようとして、また聞こえてきた声に思わず動きを止めてしまう。


「――パトリシア」


「…………皇太子殿下にご挨拶申し上げます」


 やってきたのはアレックスだった。

 たぶんミーアの騒動を聞いてきたのだろう。

 数人の騎士と共にやってきた彼は、その場にいたパトリシアに気づき目を見開いた。

 

「……どうして、ここに」


「どうしてじゃないですよ。あの女がパティに危害を加えようとしたんです」


「危害? ミーアが? ……なぜ」


「こっちが知りたいですよ」


 なぜ彼女があんなことをしたのか、どうしてここにいるのか彼には見当がついていないようだ。

 クライヴからの問いに疑問しか持っていないらしいアレックスに声をかけた。


「ミーアさんとはお会いしているのですか?」


「…………していない」


「……なぜ?」


 あんなに愛していたのではないのか。

 だからあんな行動をとったのではないのか。

 そんな思いの込めたなぜ、に彼は目を細めた。


「……詳しくはここでは言えない」


 どうやら周りの野次馬たちには聞かれたくないことらしい。

 まあどちらにしてもこれ以上噂の種を与える必要はないだろうと、パトリシアはクライヴへと向き直る。


「クライヴ様。部屋を一室用意していただけますか?」


「いいけど……。あんなのほっとけばいいのに」


「首を突っ込んでしまったようなので、最後まで見届けたいのです」


 もらい事故のようなものではあったが、ここまできたのなら真相を知っておきたい。

 パトリシアの意思を理解したのか、クライヴが騎士に声をかけ一室を用意してくれる。

 その間にハイネへの謝罪を口にした。


「ハイネ様、申し訳ございません。巻き込んでしまった上に、少しおそばを離れます」


「気になさらず。……帰ってきたら教えてくださいね」


 ぼそっとつぶやかれた言葉に頷いた。

 もうハイネも巻き込まれた当事者だ。

 ことの顛末くらいは話してもいいだろう。

 同じようにクライヴもまたセシリーにここで待つよう伝えれば、彼女は頑なに首を縦には振らなかった。


「わたくしも共に参りますわ。ミーアさんとお話ししてみたいのです。彼女はきっと、わたくしのような味方を待っているはずですわ」


「ダメです。ここから先をあなたに聞かせるわけにはいきません」


「なぜですか!? わたくしならきっと、ミーアさんのお心を理解できると思うのです!」


「皇族の問題です」


「――、」


 そう言われては手の出しようがないと思ったのか、セシリーは悔しそうに口を閉ざした。

 やっと納得したかとほっと息をついたクライヴに、彼女はちらりと視線をパトリシアへ向ける。


「ならパトリシア様はどうして行けるのですか!? 彼女は皇族ではないはずです! 彼女が許されるのならばわたくしも許されて然るべきですわ」


 びしっと言ってやったといわんばかりに胸を張ったセシリーに、クライヴは大きくため息をつく。

 ミーアがアレックスの恋人であり、そのアレックスはパトリシアと婚約していた。

 しかし婚約者同士の二人は今はもう他人である。

 パトリシアから婚約破棄をしたと知っているのだから、少し考えればわかることもあると思うのだが、どうやら彼女にはそんな思考はないらしい。

 クライヴは頭を抱えそうになりながらも、少しだけ語彙を強めた。


「いい加減にしろ。パティは当事者だ。あの女がパティを目の敵にしてて、襲われかけたんだ。彼女には知る権利があるだろう」


「……疑問なのですがなぜミーアさんはパトリシア様を目の敵にしているのですか?」


「――それは、」


 流石に口にしにくかったのか言い淀んだクライヴのために、パトリシアは一歩前へと出る。

 セシリーと向き合うと、なんてことなさげに告げた。


「ある意味ミーアさんが、私が婚約破棄した原因だからです」


「……原因?」


「はい。皇太子殿下が彼女を側室になさるとおっしゃられたので、私は皇太子妃を辞退したのです。そこで縁は切れたと思っていたのですが……どうやら皇太子殿下に会えないのを私のせいだと思っているようです」


 先ほどアレックスはミーアと会っていないと言っていた。

 そして彼女と会った時に言っていた『あなたのせい』『アレックスを奪った』で大体予想ができる。

 またしても面倒ごとに巻き込まれたのだとため息をつけば、セシリーはきょとんとした顔をする。


「……つまりパトリシア様は皇太子殿下がミーアさんを側室にすると言ったから婚約破棄したと?」


「……まあ、大まかにはそうですね」


 もちろん他にもあるが、そこまで話す必要はないだろう。

 その話をそばで聞いていたアレックスが苦々しい顔をしているが、それはまるっと無視することにした。

 とりあえずこれでミーアとパトリシアの関係性は理解できたはずだ。

 さっさと別室に移ろうと踵を返したその時、パトリシアの背中に純粋な疑問が投げつけられた。


「――そんなことで、婚約破棄されたんですか?」

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