お久しぶりです

「女性ってばちばちですよねぇ」


「ご迷惑をおかけしました」


「いやいや。お気になさらず」


 会場から少しだけ抜け出して、二人は外の空気を吸いにきた。

 夜の風は少しだけ肌寒いけれど、ダンスと会場の熱に熱った体にはちょうどいい。

 ふぅ、と息をつけば、隣にいたハイネが申し訳なさそうな顔をする。


「すいません。お一人にしちゃったばっかりに、大変な目にあわせてしまって……」


「ハイネ様のせいではありません! 謝らないでください」


「そうですか? ……んじゃ二人とも悪くないってことで、この話はこれで終わり」


「……はい。ありがとうございます」


 お互いがそれでいいと思っているのなら話を続ける必要はない。

 パトリシアは何度か深呼吸を繰り返して、落ち着きを取り戻した。


「あとはラストダンスだけでも踊ればいいと思うので、もう少し外でのんびりしましょうか」


「はい」


 一度ダンスをしたので最低限の義務は果たせただろう。

 あれ以上中にいてもまた令嬢たちにあれこれ言われるだけだ。

 ならハイネとこうしてのんびりしている方がいいだろうと、会場から漏れる音楽を聴きながらゆっくりと歩く。


「そういえば持ってきてくださった飲み物、置いてきてしまいました」


「構いませんよ。こんな急に外に出ることになるとは思ってもいなかったですしね。ところで、あとでお腹空いたら中でなにか食べましょう」


「ハイネ様が教えてくださったデザートが気になります」


「じゃああとで向かいましょう」


 そんなたわいない話をしつつ歩いていると、不意にがさりと草むらから音が鳴った。

 誰かきたのだろうかとそちらを向いて、パトリシアははっ、と息を飲み込む。


「――パトリシア、様?」


「…………どうして、ここに」


 そこにいたのは下女の服を着たミーアだった。

 彼女は顔や腕のあちこちに泥や傷をつけていて、とてもじゃないが招待客には見えない。

 そんなミーアはパトリシアを見つけると、瞳に涙を溜めて睨みつけてきた。


「あなたの仕業なんですね!」


「え、」


「あなたが私からアレックス様を奪ったんですね! なんてひどいっ。私があなたになにをしたっていうんですか!?」


 掴みかかってくる勢いでこちらに向かってきたミーアを、ハイネが慌ててその腕を掴んで止める。


「ちょ、ちょっとなんだこいつ!」


「きゃあ! 痛いっ、離してください!」


 腕を掴まれたのにもかかわらず、無理やりその腕を引き剥がそうと動いたため、自ら捻ってしまったのだろう。

 さすがにかわいそうだとハイネが離せば、ミーアは手首を抑えたままその場に座り込んだ。


「ひどい……っ、暴力まで……!」


「暴力って……」


 自滅しただけじゃないか、とパトリシアが困惑していると騒ぎを聞きつけた騎士たちがやってきた。

 彼らはその場にいるのがミーアとパトリシア、そしてハイネだと知ると一瞬怪訝そうな顔をする。


「えっと……どうなさいました?」


「それが……」


「そこの男性が暴行してきたんです!」


「はあ!?」


「見てください! 手首を怪我したんです!」


 騎士のほうに手を見せる。

 確かに彼女は怪我をしたかもしれないが、それは本人の行動によるものだ。

 ハイネが意図してやったわけではない。

 騎士たちも相手がアヴァロンの王太子だとわかっているからか、どうするべきなのかとお互い顔を見合わせている。


「この人に暴行されました! 捕まえてください!」


 なぜこんな愚かなことをするのだと、パトリシアはじっと彼女を見つめた。

 騒ぎが大きくなり、会場から客人たちが様子を伺っている。

 まさかこんなことになろうとは。

 額を抑えつつ視線を騎士たちへ送り目で合図を送る。

 なにもするなとの命を感じとったのか、騎士たちはその場から動かない。

 それを見たミーアはさらに大きな声を上げた。


「どうして動いてくれないんですか!? 私は暴行されたんです!」


 愚かだとは思っていたがまさかここまでとは。

 パトリシアはこれ以上ハイネの名誉が傷つくのは我慢ならないと、初めて彼女へ大きな声をだした。


「黙りなさい! その怪我も全てあなたが自分でやったこと。ハイネ様は掴みかかってくるあなたを止めてくださっただけ。暴れなければそんな怪我しなかったはずです」


「――っ、」


 初めて聞くパトリシアの強い声に驚いたのか、びくっと肩を震わせたミーアは、そのまましばらく固まった。

 しかし涙だけは止められなかったのか、じわじわと湧き上がりやがて溢れ出る。

 両手で目元を拭いながら、まるで駄々をこねる子供のように声を荒げた。


「アレックス様を呼んで! アレックス様なら話を聞いてくださるわ! 私を信じてくださるもの!」


「…………」


 どうも彼女とは会話にならない。

 パトリシアは大きくため息をつきつつ、騎士たちへと振り返る。


「彼女を連れていってください」


「あ、はい! かしこまりました」


「やめて触らないで! アレックス様を連れてきてっ!」


 一体どうなっているのだ。

 なぜ彼女がボロボロの姿でここにいたのか。

 なぜパトリシアに掴みかかろうとしたのか。

 なぜ頑なにアレックスを呼べというのか。

 全てが謎すぎる上に行動を理解できず思わず頭を抱えそうになる。

 しかし流石に人目があると耐えつつ、完全に被害者であるハイネへ振り返った。


「申し訳ございません、ハイネ様」


「いやぁ? なにがなんだか……?」


 ミーアとは初対面なのだからわからないよな、と小さく手招きすれば彼は意図を汲んでくれたのか屈んでくれる。

 周りに変に思われない程度に近づいて、小声で話しかけた。


「彼女が皇太子殿下の恋人です」


「――え、それって例の奴隷の……?」


「今は下女のようですが」


 奴隷ではなくなったため、下女として皇宮で雇われたのだろう。

 クライヴから以前そのような話を聞いていた。

 しかしまさか、こんなところで出会うことになるとは。

 あの騒動はなんだったのかと眉間に皺を寄せていると、ハイネも同じような顔をした。


「あー……なんとなく関係性はわかったけど、彼女の行動の意図が読めないんですが?」


「それは私もです」


 昔から行動と言動が理解できなかったので、たぶん今後もわかることはないのだと思う。

 まあわかりあうほど話し合いをするつもりなどないので、できればこのまま会わずにいたい。

 とんでもない面倒ごとに巻き込まれたな、とため息をついたパトリシアの肩を、ハイネが慰めるように叩いてくれたのであった。

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