VS

「俺飲み物とってきますね。お疲れでしょうからちょっとだけ一人で待っててください」


 そこまで疲れてはいないのだが、彼の気遣いにありがたく待たせてもらうことにした。

 次の曲が始まり、会場の中心ではダンスが始まっている。

 最初と最後だけ踊ればじゅうぶんだろうと眺めていると、突然声をかけられた。


「こんばんは。パトリシア様」


「――どうも。お久しぶりですね、皆様」


 そこには五人ほどの令嬢が、パトリシアへ鋭い視線を向けていた。

 彼女たちには見覚えがある。

 確か最後の最後までパトリシアが皇太子妃になるのを否定していたグループだ。

 一番先頭にいる令嬢が皇太子妃候補として名前が上がっていて、家同士が争っていたのだ。

 確か彼女自身もアレックスのことが好きで、パトリシアが皇太子の婚約者となったあとも彼を思い続けていたらしい。

 その当時から何度か難癖をつけられ、あれこれ言われていたがずっと無視していた。

 そんな人が今になってなんのようだと、パトリシアは彼女たちと向き合う。


「なにか御用でしょうか?」


「…………いえ。お久しぶりにパーティーにお越しになられたので、ご挨拶をと思いまして」


 にっこりと微笑んでおきながらも、瞳はまるで獲物を狩る狩人が如く鋭い。

 少なくとも好意的な会話ではないのだろうと、これから言われるであろうことを想像し覚悟を決めた。


「ありがとうございます。皆様もお元気ですか?」


「ええ。我々は元気にやっておりますわ。パトリシア様もお変わりなく」


 我々は、を強調された気がする。

 別にパトリシアもすこぶる元気なのだが、まあそこはいいかと無視することにした。

 お変わりないはずがないとわかっていて言うのだから、やはりこれは喧嘩を売られているのだろう。

 ハイネはどれくらいで帰ってくるだろうかと、彼が向かった方を見つめていると、相手にされていないとでも思ったのか彼女の目が一瞬細められた。


「……余裕ですね。社交界に帰ってきてもあなたの居場所はないというのに」


「…………」


「ドレイク夫人も社交界からは姿を消されましたし、あなたを支持していた御令嬢方も、こぞって私の支持者になってくださいました。あなたの味方はここにはいません。どんな気分ですか?」


 なるほどどうしてもこちらを貶したいらしい。

 パトリシアは改めて彼女の顔をじっと見つめた。

 後ろの令嬢たちも楽しそうに笑っては小声でなにかを囁き合っている。

 陰で好き勝手言われる分には別に構わないが、あえて直接くるというのならば相手にしなくてはならない。

 にっこりと微笑んだパトリシアは、少しだけ周りに聞こえるように声を大きくした。


「あらそうなのですか? なぜ御令嬢方は皆さま、あなたの元へ向かわれたのでしょう?」


「そんなの決まってます。私が一番、皇太子妃に近いからです」


 まあ確かに、パトリシアが皇太子妃を降りたのなら次は彼女にその役目が回ってくる可能性も高い。

 周りもそう思ったからこそ、その下につくことを望んだのだろうが、浅はかだなと小さく笑う。

 鼻高々に宣言した彼女には悪いが、喧嘩を売ってきたのはそちらなのでありがたく倍返しすることにした。


「ならなぜあなたは今、皇太子殿下のパートナーではないのですか?」


「――、それはっ!」


「あの御令嬢はどちら様でしょう? 私は存じ上げないのですが、皆様はご存知ですか?」


 あの御令嬢とはアレックスのパートナーとしてきていた、サロメ・クローバーという名の女性だ。

 パトリシアは失礼ながら彼女のことを知らない。

 社交界で会ったことがないと思うので、多分だがここ半年くらいでデビューした御令嬢なのだろう。

 そんな人が婚約者でもない皇太子のパートナーとして、皇后の誕生日パーティーにくるなんて。

 それはつまり、皇太子妃選びに難航しているということだ。

 今はまだ横並びで誰が選ばれるかもわからないのに、下手なことをするべきではない。

 それがわからないのなら、彼女はきっと選ばれないだろう。

 まあそんなことを教えてあげる義理はないので、パトリシアはなにもわからないという顔をした。


「彼女も皇太子妃候補なのでしょうか?」


「まさか! 彼女は子爵家の令嬢で、私と対等なわけがありません!」


「では皇太子妃選びは難航しているのですね。皇太子殿下がそのような女性をパートナーとしているのですから」


 しんっと場の空気が凍る。

 どうやら触れてはいけないことだったらしい。

 まあ知ったことではないと、顔を伏せて拳を握りしめている令嬢を見つめる。

 これに懲りたら少しは静かに過ごしてほしいのだが……。

 と願いはしたがそううまくはいかないらしい。

 令嬢はばっと勢いよく顔を上げたかと思うと、腕を振り上げた。


「――あなたっ!」


「はい、終了」


 まるで空気を断ち切るかのように二人の間に手が差し込まれる。

 びっくりしてそちらを見れば、そこには片手に飲み物を持ったハイネがいた。


「――ハイネ王太子殿下!」


 先ほどまでの重々しい空気は一瞬で晴れ、令嬢たちの視線も声も熱を帯びる。

 しかしハイネはそんなものは見えていないといいたげに、そちらへは一切視線すら向けずに手に持っていた飲み物を渡してきた。


「はいどうぞ。遅くなってすいません。向こうにパトリシア嬢が好きそうなデザートがあったんですよ。よかったら食べませんか?」


「……あ、そう、ですね」


 彼がこんなに露骨に態度に出すなんて意外で、どうしたのだろうかと顔を見れば、軽くウインクされ手を差し出された。

 どうやらこの場から逃してくれるらしい。

 ありがたいと彼の手をとりその場を後にしようとすると、彼を逃さないといいたげに令嬢たちがこぞって二人を取り囲んだ。


「パトリシア様。ハイネ王太子殿下とはどこでお知り合いに?」


「はじめましてハイネ様。もしよろしければ少しだけお話ししませんか?」


「私も! お会いしてみたいと思っていたのです」


 なかなかの勢いに少しだけ気圧されていると、ハイネがパトリシアを背中に隠すように前へ出て、令嬢たちとの間に入ってくれる。


「落ち着いてください。俺は今、パトリシア嬢のパートナーとしてきています。彼女を放ってほかの令嬢たちと話すことはしたくありません」


 まあ、と令嬢たちはうっとりした様子で彼を見ながら、こそこそと羨ましい、大切にされているのね、と口にしている。

 なんとなく、ほんの少しだけ気恥ずかしさを感じていると、それを見ていた先頭の令嬢がふんっと鼻を鳴らす。


「ハイネ王太子殿下はご存じないかもしれませんが、彼女はこの国の皇太子殿下に婚約破棄された存在です。あなた様のような尊い方とは似合いませんわ」


 どうやらどこまでもパトリシアの存在が気に食わないらしい。

 さてこれもどう返そうかと考えていると、くるりと踵を返したハイネがそっと肩を掴み誘導してくる。

 どうやらこの場を離れ外へと向かうようだ。

 慌てて手に持っていたグラスをテーブルに置いていると、ハイネは令嬢たちに向かって一言、皮肉を述べた。


「俺も婚約破棄された尊くない存在なので」


 流石にその返しにはなにも言えなかったのか、令嬢たちは黙り込んで二人の背中を見つめているだけだった。

 ハイネはそんな人たちに軽く手を振って、パトリシアを連れその場を後にした。

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