世界で一番幸せなレディーへ
「いやぁ……最高ですね!」
にっこり楽しそうに笑いながら親指を立てたハイネに、パトリシアもまた楽しそうに微笑む。
こんなに清々しい気持ちでパーティーに参加したのは初めてだった。
背筋をまっすぐ伸ばして、本当の笑顔でいられる。
奇跡のような感覚に、ハイネへと頭を下げた。
「ハイネ様のおかげです。今こんなふうに顔を上げていられるなんて信じられません」
「パトリシア嬢の実力ですよ。あまりのお美しさに、皆が釘付けになっていますから」
それはハイネもなのだが、と彼を見る。
いつもは下ろしているだけの髪をパトリシアと同じようにハーフアップにして、より整った顔立ちがはっきりとわかる。
スーツも彼のすらりとした手足を引き立たせ、こんなにも白が似合う人がいるのだなと、己とシャルモンのセンスに拍手を送りたくなってしまう。
「ありがとうございます。今日はどうぞ、よろしくお願いいたします」
「もちろん。お美しいレディーのパートナーになれて大変光栄です」
手をとられると、そっと指先に唇を落とされる。
完璧な所作に周りの令嬢たちの視線が釘付けになった時、音楽が鳴り出した。
それは皇族の人たちが会場へと入ってくる合図だ。
パトリシアとハイネは軽く頭を下げ、彼らの到着を待つ。
「ローレラン帝国皇帝陛下、皇后陛下。アレックス皇太子殿下、サロメ・クローバー様。クライヴ皇子殿下、セシリー・フローレン様ご到着です」
「――、」
え、と思わず上げそうになる頭を必死になって抑えた。
今、なんと言っていた?
アレックスはミーアと一緒ではないのか?
だめだ。
見てはいけない。
そう思いながらも少しだけ視線を上げる。
ちょうどその時、目の前をアレックスが通り過ぎた。
「……」
彼の隣に、ミーアはいなかった。
そこには見知らぬ令嬢がおり、彼と腕を組みながら歩んでいる。
令嬢の頬は赤らみ嬉しそうに微笑んでいるのに、アレックスの表情はひどく冷たい。
ミーアはどこにいるのか。
あのサロメという令嬢が新たな皇太子妃候補なのか。
パトリシアは最後の最後まで頭を上げることなくぼんやりと考えていた。
「本日はお越しくださりありがとうございます。皆さま、どうぞ楽しんで」
「「皇后陛下! おめでとうございます!」」
皇后からの簡単な挨拶があって、パーティーは本格的に始まった。
まずは皇帝と皇后がダンスを披露し、その後クライヴとセシリー、アレックスとサロメが踊る。
楽しそうなセシリーを見ていて少しだけ胸が痛くなりはしたけれど、致し方ないことだと無理やり納得した。
だがやはり二人が接近する姿を見ていたくはないと、パトリシアは視線を別のところへとずらした。
「…………」
ミーアとうまくいっていないことは知っていたけれど、まさか別のパートナーを連れてくるなんて。
彼女とはいったいどうなったのだろうか?
アレックスの考えが読めずすぐに思考を停止させた。
パトリシアが悩んだところで意味はない。
それよりも今はと、もう一度会場の中心を見れば、ちょうどダンスが終わったようだ。
クライヴたちが去り、次は客人たちの番となる。
それがわかっているからか、ハイネがそっと手を差し出してきた。
「よろしければ一曲。あなたと踊れる栄誉をいただけませんか?」
「……もちろん。喜んで」
パートナーとのダンスは必須だが、そういえばハイネと踊るのは初めてだ。
彼の実力はわからないが、きっと器用にやってくれるだろう。
すでに何組か待っている人たちの間を抜け、会場の中心へと向かった。
しばらくして音楽が鳴り出し、二人は頭を下げあう。
すぐに上げると手をとり、ゆっくりと動き出す。
ダンスをし始めてすぐに彼の上手さがわかったので、体からいらぬ力を抜いてリードを任せる。
「お上手なのですね、ダンス」
「そうですか? パトリシア嬢に褒めてもらえるととても嬉しいですね」
さすがは王太子だ。
場数が違うのだろう。
パトリシアもかなりの数をこなしてきたほうだとは思うが、そもそも相手がほぼアレックスだけだったので、あまり自分の実力というものがわかっていない。
彼に迷惑をかけていないといいが……とちらりと顔を見れば、ばっちりと視線があう。
「……パトリシア嬢は変わりましたね」
「そうですか?」
「ええ。初めて会ったときはなんというか……自信なさげ? 後ろ向き? な感じでしたね」
そうだっただろうか?
本人としてはアカデミーに向けて頑張ろうと意気込んでいたのだが、周りからはそう見えていたのかと驚いた。
確かに変わりはしたと思う。
自信がついたかはわからないが、確信は持てているのだ。
くるりと回ったパトリシアを受け止めてくれたハイネを、真正面から見つめた。
「私が変われたのならそれはハイネ様のおかげですね」
「――俺?」
「はい。ハイネ様と、シェリーと、クライヴ様。みなさんが私を信じて、認めてくださるから、自信を持って前を向けるのだと思います。昔の私だったら、こんなふうに今を楽しめなかったはずです」
彼らがパトリシアのやることを認めてくれるから。
彼らがパトリシアの思いを受け止めてくれるから。
自信を持っていられるのだ。
そんな胸の内を伝えれば、ハイネは驚いたような顔をし、しかしその後すぐに笑った。
「…………はは! 本当に変わりましたね」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。――好きですよ。パトリシア嬢のそういう、まっすぐなところ」
彼の言葉が終わる時、音楽もまた終わった。
ダンスも終わり、二人はゆっくりと離れる。
「…………」
びっくりした。
彼の表情が、声が、雰囲気が。
あまりにも真剣だったから。
いったいどうしたのだろうか?
彼の言葉にパトリシアはどう反応すればいいのだろうか。
突然の出来事にカチカチに固まってしまっているパトリシアに気づき、ハイネはへにゃりと笑った。
「友達として、ですよ」
「――あ、そう、ですよね。すいません。私、あまりそういうことを言われたことがなかったので……」
慣れていないからといって、本気で受けとってしまうなんて恥ずかしい。
赤くなってしまっているであろう頰を冷ますため、手で仰いでいるとその手をそっととられる。
「今日はパトリシア嬢を世界で一番幸せな女性にしないと、ね」
「――はい」
もうじゅうぶんなほどだろう。
けれどハイネがそうしてくれるのならと、パトリシアは彼の腕に引かれて会場の中心を後にした。
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