真っ赤な唇の令嬢

 絢爛豪華な建物で、絢爛豪華な催しが行われる。

 厳かに、しかし華やかなそれは貴族たちの楽しみの一つであった。

 皇宮でおこなわれる皇后の誕生日パーティー。

 皆各々趣向を凝らした美しい装いで会場へと訪れ、ワイン片手にあれこれと話をする。

 ここ最近の流行りはこれだ。

 この令嬢とこの子爵の結婚がもうそろそろらしい。

 しかし実はこの子爵は別の令嬢と浮気をしていて……。

 さらには平民との間に子供もいるらしい。

 そんなあることないことを面白おかしく話して、みんなで笑う。

 なんて楽しい会場。

 そんな場所で、とある一人の令嬢が人気の話題を持ち出した。


「そういえば今回もフレンティア公爵令嬢はいらっしゃらないのですかね?」


 その名前が出た途端、令嬢たちが嘲笑う。

 くすくす、くすくすと小馬鹿にした笑いが次々と伝染するように広がっていく。

 話題に出した令嬢は高級なワインで喉を潤しつつ、真っ赤な唇を緩やかに曲げた。


「久しぶりにお会いしたいのです。私あの方に憧れておりましたの。完璧で素晴らしい未来の皇太子妃であられたから」


「だった、でしょう」


 どこからともなく聞こえてきた声に、嘲笑いは大きくなる。

 あちこちでこの話題が話し合われ、人々の関心は真っ赤な唇の令嬢へと向けられた。

 視線を集めるのはなんと心地よいことか。

 ここ数年の社交界は、社交界の華と呼ばれているドレイク夫人か、次期皇太子妃であったパトリシア・ヴァン・フレンティアの二人が常に話題に上がっていた。

 他の令嬢たちはまるで彼女たちを引き立てる脇役だった。

 だがその二人がいなくなったのだ。

 フレンティア公爵令嬢は愚かにも皇太子との婚約を破棄して、社交界から姿を消した。

 ドレイク夫人はフレンティア公爵令嬢が消えてしばらくして、つまらないと表舞台から遠のいていった。

 目障りな二人が消えた今、水面下で令嬢たちが争いを繰り広げている。

 そんな中で、こうして視線を浴びることの喜びはひとしおである。

 内心うっとりとしつつも、もっと視線を集めなくてはと声を大きくした。


「ええ、ええ。まさか皇太子妃をお辞めになるだなんて……。それも奴隷の娘に負けたからと! 私も驚きましたわ」


「今ではアカデミーに通っていらっしゃると。卒業したらそのまま修道院に行かれるらしいと聞きましたわ」


「皇太子殿下と婚約破棄されて、結婚を諦められたのではないでしょうか?」


 勝ち組から負け組に。

 天国から地獄へ。

 落ちた女の気分はどんなのだろうかと考えるが、全くもって想像もつかない。

 ただ惨めなことだけはわかるため、おかわいそうに、と小さく呟く。


「公爵家も落ちたものですわ。栄光を娘のせいで捨ててしまうだなんて」


 ほほほ、と誰かが笑う。

 ああ、本当に気分がいい。

 最高の気持ちだと赤ワインをぐっと飲み込んだ時、信じられない言葉が耳に入ってくる。


「アヴァロン王国王太子、ハイネ・アヴァロン様。フレンティア公爵家御令嬢、パトリシア・ヴァン・フレンティア様ご入場です」


 え。

 と皆が息を止めてドアのほうを見る。

 そこには確かに話題にしていた人が、美しい男性を連れて現れた。

 艶やかな黒い髪をハーフアップにし、残っている部分はまるで宝石が散りばめられているかのようにキラキラと輝いている。

 鮮やかな白色がメインのマーメイドドレスには、彼女の瞳と同じ紫色の宝石が縫い付けられていた。

 ドレスも身につける装飾品も全てが最高級品で、そんな高価なものを身につけているのに、全く見劣りしないのは彼女自身の美しさが負けていないからだ。

 さらにそんな人が見目の良い男性と現れたのだから、皆が思わず見惚れてしまっている。

 彼女のドレスと合わせただろう真っ白な服と紫の宝石を身につけた男性は、公爵令嬢と共にまっすぐ前を向いて歩く。

 歩幅を合わせ支えている姿は完璧なエスコートで、皆がはちみつ色の王子を熱のこもった瞳で見つめる。


「…………今、王太子って」


 誰かがボソリと呟いた。

 そうだ。

 今確かに紹介で、アヴァロンの王太子と言っていた。

 つまりあそこにいる人がそうで……。


「――どう、して?」


 哀れな女なはずだ。

 自尊心をボロボロにされて、泣いているはずなのだ。

 世界で一番不幸な女になっていたはずなのに。

 どうして、今、視線を集めているのだ。

 公爵令嬢はゆっくりと会場を歩きつつ、ちらりと王太子と視線を合わせる。

 彼はすぐにそれに気づいて穏やかに微笑み返す。

 なんて完璧な存在。

 こんな二人がこの世の中にいたなんて。

 令嬢は彼から腕を離し、ゆっくりと頭を下げる。

 すぐに上げたと思えば、会場にいる一人一人と目を合わせ笑みを浮かべた。


「ごきげんよう、皆様方。本日は楽しみましょう」


 その瞬間、ああ、これは勝てないのだと、真っ赤な口紅の令嬢は思ったのだった。

 

 

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