紅の女性

「実際、民間の学舎は質が悪い。元々教える側の人間ですら、正しい知識を得ていないからだ」


「ローレランは帝国だから、元は他国の人間もいる。地方に行けば行くほどいろいろな言語が混ざっている場所もあるらしい。それを一つにまとめて歴史を教え、数字を理解させるのは確かに国をまとめるためにも必要だよなぁ」

 

 ガタガタと揺れる馬車の中、パトリシアとカーティス、そしてノアの三人はこの間通った案について話をしていた。

 前に座るカーティスは腕を組んでおり、それを見たノアが真似をしている。


「そのためにもまずは、教師側を資格制にすべきです。教える側が間違った知識を得ていては意味がないですから」


「そうだな。……資格か。確かに必要なものだ。民間医療者にも用いるべきだな。薬の知識があるだけで医者を名乗れてしまうからな」


 パトリシアが次目指すのは資格制度だ。

 その職につく際、きちんとした知識を得ているものなのかを国で確認する。

 それだけでも管理という意味ではとてもやりやすくなるだろう。


「んで最後には、その資格を女性もとれるようにする、だよな?」


「…………はい」


「いいね! 難しい目標ほどやりがいがあるってもんだ!」


 にこにことしているノアは、これがどれほど大変なことかわかっているはずだ。

 それなのにそうやって気軽に、そして楽しそうに言ってくれるのはとてもありがたかった。

 ノアに微笑みを返していると、馬車が止まり目的地へとたどり着く。

 ドアが開きノアに続いてカーティスが降り、パトリシアも彼の手を借りて馬車から降りる。

 三人の前に現れたのは、新しく大きな、しかし簡素な家だった。


「ここが孤児院か」


「パトリシアがこの法案可決した時から、いつか来てみたいとは思ってたんだ。実はこの案に関しては、俺もカーティス様も少しだけ動いてたんだ」


「本当に少しだけだ。これは君のやったことの結果だ。ちゃんと見るといい」


 そう、三人がやってきたのは元奴隷であり身寄りのない子供たちが暮らす孤児院だった。

 パトリシアが行った奴隷解放法案。

 それによって親のいない子供たちをここに集めて教育を施し、大人になるまで面倒を見る場所。

 なんだかんだ忙しくて、ここを任せている施設長とは手紙でやりとりをしていたが、直接くるのは初めてだった。

 カーティスとノアが見てみたいというので共にやってきたのだが、入り口から子供たちの楽しげな笑い声が聞こえてきて、ほっと息をつくことができた。


「……もうわかるな。ここはいい場所だ」


「はい。……よかった、とても楽しそうで」


「優しい感じがするな」


 暖かくて優しい雰囲気。

 肩から力を抜きつつ歩みを進めれば、入り口に一人の男性が待っていた。


「ようこそお越しくださいました。フレンティア公爵令嬢様」


「お世話になります」


 施設長が待っていてくれたらしく、軽く挨拶を交わす。

 朗らかな雰囲気の方に安心していると、後ろから彼の腰あたりに子供たちが抱きついてきた。


「いんちょー! どろあそびしたいー!」


「こらー! いまからおべんきょうだっていわれてるでしょー!」


「やーだ! べんきょうよりあそびたいー!」


 子供は元気だなぁと大きな声に目を丸くしつつも、楽しそうな子供たちのやりとりに口端をあげた。

 パトリシアは子供の時から勉強が好きだったため、このような思考にはならなかったが、子供なら遊びがメインになるのが普通だ。

 きゃーきゃー声を上げながら己の周りを回っている子供たちを、施設長が両手を広げて止めた。


「こらこら。お客様がいらっしゃってるんですよ」


「あ、こんにちはー!」


「おねーさんたちレッドママのおしりあいー?」


「…………レッドママ?」


 一体誰のことだろうか?

 不思議そうにしているパトリシアと目があった施設長はにこりと笑うと、施設内へと案内してくれる。

 中は簡素ながらとても綺麗で、手入れされているのがすぐにわかった。

 廊下を歩けば元気いっぱいな子供たちとすれ違い、みんながみんな大声で挨拶をしてくれる。


「……暖かい場所だな」


「……はい、とても」


 施設長と共に向かった先は大広間だった。

 そこには長いテーブルとたくさんの椅子が置かれており、普段ここで食事をとっていることがわかる。

 あれだけ元気な子供たちが集まるのなら、さぞ賑やかなのだろうなと考えていると、とある人が目に映った。


「――ドレイク夫人?」


「あら、パトリシア様。お久しぶりですね」


 そこにはたくさんの子供たちに囲まれながらクッキーを作っている、エプロン姿のドレイク夫人がいた。

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