終わりの鐘が鳴る

 朝、いつものように鐘の音で目を覚ます。

 カーテンを開ければ朝陽が部屋を照らし、その心地よさに今日も一日素敵な日になる予感がした。

 どうせなら昼は外で食べよう。

 三人を誘ってサンドイッチを持ち、優しい日差しの元ピクニックでもしよう。

 そうと決まれば早速準備だと、パトリシアは顔を洗い制服に着替える。

 一階で三人と待ち合わせをしているため、下へと降りればいつもは騒がしいのになぜか静かで……。


「……?」


 不思議に思いながらも降りれば、そこにはいつも通りたくさんの生徒がいた。

 それなのにこんなに静かなんておかしいなと不思議がっていると、不意にその原因が目に映る。


「――」


 一階にはもう、クライヴ、ハイネ、シェリーが来ていた。

 なにやら複雑そうな、いや、不機嫌そうな顔をしている彼らの前に、一人の男性がいる。

 その背中をパトリシアは見たことがあったので声をかけた。


「ルージュ様?」


「――おはようございます。フレンティア嬢」


 振り返ったクロウはパトリシアを見て微笑むと軽く頭を下げた。

 まさかそんなふうに微笑まれるなんて思っていなくて、驚きのあまり一歩後ろに下がってしまったのは仕方のないことだと思う。


「……おはようございます。どうかされたのですか?」


 後ろの三人の表情が固い。

 特にクライヴなんて今にも射殺せそうな目をしている。

 困惑するパトリシアを見つつ、クロウはその場で膝を折った。


「フレンティア嬢。どうか俺を、この学園でのあなたの騎士にしていただけませんか?」


「………………はい?」


 なんの話だ。

 一体なにが起こっている?

 呆然とするパトリシアを置いて、彼は話を進める。


「俺は騎士になりたいです。夢は専属騎士です。憧れていたセシル卿のように、主人に寄り添える騎士になりたいんです。そしてそれを見極められるのは、フレンティア嬢しかいないと思っています」


「……」


「あなたに失礼な物言いをしたことは理解しています。何日も考えて考えて、フレンティア嬢にもセシル卿にも失礼なことをしたと気付きました。だから……挽回のチャンスが欲しいのです」


 そっと差し出された手。

 懇願する眼差しは切実で、彼が本気なことがわかった。

 マリーが言っていた通り、上の空になりながらもずっと考えていたのだろう。

 あの時の自分の発言の意味と、その先にあるものを。

 そしてその発言を悔いて、挽回したいと願ったのだ。

 素晴らしいことだと思う。

 自らの失態を恥じて、その汚名をそそごうとする。

 並大抵の精神力ではできないはずだ。

 それほどまでに彼は騎士になりたいのだろう。

 憧れるセシル卿のような立派な騎士に。

 それを見極められるのは、本物の専属騎士がそばにいたパトリシアだけだと思っているのだ。

 わかっている。

 彼のためならパトリシアはこの手を取るべきだと。

 だがしかし。

 できるなら平穏無事に学園生活を楽しみたいと思っている今、専属騎士は正直言って不要である。

 ゆえに。


「………………お、お断り……します」


「――…………そう、ですか……」


「――っ、」


 やめてほしい。

 その捨てられた犬のような瞳は。

 まるでこちらが悪いことをしているような気になるではないか。

 一瞬揺らぎそうになる心を死ぬ気で押しとどめていると、クロウはゆっくりと立ち上がり視線を合わせてきた。


「……それでも俺は、あなたに認めてほしい。だから、諦めることはしない。必ず守る」


「…………」


 これ、誤解されないだろうか。

 周りの生徒たちから黄色い悲鳴であったりするのだが、大丈夫だろうか?

 ちらりと横を見れば、ちょうど階段から降りてきていたのかマリーがいて……。

 彼女はパトリシアと視線があったことに気がついたのか、数秒後には目元に涙を浮かべて階段を駆け上がっていた。


(あ、これダメみたいですね)


 終わった……と放心状態のパトリシアに気づくことはなく、クロウはにこやかに笑うとお辞儀をして去っていく。

 しばしの沈黙。

 その後近づいてきた三人は、なんともいえない顔をしていた。


「……一応、言うけど……。今マリー嬢いたよな?」


「いたわね。……泣きそうになりながら帰ってったけど」


「………………やっぱりあいつ消そう」


 なんでだ。

 なんでこうなるのだ。

 これはもう完全に、マリーに目の敵にされてもおかしくはないだろう。

 彼女からしてみればパトリシアは嘘つきな女になってしまう。

 なりたくてなったわけではないのに。

 そっと己の顔を手で覆う。

 今にも叫び出しそうな心をぎゅっと押さえ込みつつも、絞り出すような声で言った。


「なぜ……っ、こうなるんですかぁ……」


「…………どんまい」


 誰か助けて!

 パトリシアは心の中でそう叫んだ。

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