恋をしたあの日のこと
「というわけで、パトリシアさんとお友達になりましたの。よろしければ皆様も仲良くしていただけますと嬉しいですわ」
「…………パティ」
「申し訳ございません…………」
カフェテリアで夕食を食べようと約束していた三人の元へ、パトリシアはセシリーを連れてきた。
いや、正確には一緒にきたいと彼女から提案があったのだ。
束の間どうしようかと悩んだが、ここで断るのもおかしい気がすると渋々許可を出した。
そしてその選択の結果がカフェテリアの二階、椅子に座る三人は、完全にそっぽを向くハイネとなんとも言えない顔をするクライヴ。
そしてパトリシアにじとっとした視線を向けるシェリーとなった。
「どーいうつもり? 修羅場らせたいの?」
「実はお友達になりまして……。詳しくはあとで、可能なら部屋にきてください」
「……わかった」
セシリーに聞こえないようにこそこそとシェリーに耳打ちすれば、彼女は小さく頷いた。
詳しいことを今ここで話すわけにもいかないので、すぐに頷いてくれた彼女には感謝しかない。
さてこの空気どうしたものかと悩んでいると、パトリシアよりも早くハイネが椅子から立ち上がって声を荒げた。
「お前っ、いい加減にしろよ。自由すぎるだろ! アカデミーきて早々クライヴに告るとか! 俺たちの関係知ってるだろ!」
「やめろ掘り返すな」
ぼそっとつぶやかれたクライヴの声は届いていないのか、ハイネの言葉にのみセシリーは反応する。
「存じておりますがそれのこれとは話が違いますわ。わたくしはもうハイネさんの婚約者ではないのです。誰とどこでどう愛を育もうとも、あなたにどうこう言われる筋合いはございません」
「あるんだよ! クライヴと俺は親友なの。それを元とはいえ親友の婚約者に告白されたクライヴの気持ちも考えろよ。俺じゃなかったら浮気疑うぞ!」
ハイネのその言葉にむっと口を尖らせたセシリーは、椅子から立ち上がると彼の鼻元に人差し指を突き出した。
「御言葉ですがわたくしはクライヴ様と二人っきりでお会いしたことなど一度もございません! ハイネさんと婚約破棄するまでは家族以外の異性の方と二人っきりになったことすらないのです。ですがあなた様はいかがでしょうか? アカデミーにくる前から数多の女性と二人っきりになっていたと思いますが、そこはどうお話ししていただけるのでしょうか?」
「――そ、そんなの今は関係ないだろ! ていうか、俺だって二人っきりになったことはあれど、浮気なんてしたことないぞ!」
「証拠なんてありませんわ!」
「はいはい。ストップストップ! 熱上げすぎ。あとあんたそこは不利になるんだから攻める場所間違えてるわよ」
あまりの勢いにたまらずシェリーが待ったをかけた。
二人はなかなかの勢いで言い合いをしていたからか、若干肩が上下して息を弾ませている。
かなりの声量だったため、カフェテリアの中は静まり返っていた。
皆が皆、彼らの動向に注視している中さすがに騒ぎすぎたと思ったのか、ハイネが椅子に腰を下ろした。
「とにかく、クライヴはダメだ。帝国の皇子だぞ? 他国の、それも教皇の娘と結婚すると思うか?」
「愛があればなんとでも。わたくしはこちらに嫁ぐ覚悟で来ていますわ」
「教皇が許すわけないだろ!」
「父は父です。……これ以上わたくしの人生を好き勝手にされたくはありません」
「――だからっ!」
「あんたら止まらないなら外行って。ここじゃ人目ありすぎる」
「――…………悪い」
「……申し訳ございません」
シェリーの冷めた言葉に今度こそ止まったらしい二人は、しゅんっと顔を下げる。
確かに周りからの視線が痛かったため、止めてくれてありがとうと心の中で感謝した。
一旦これでこの騒ぎはお開きかと思われたのだが、突然セシリーが勢いよく顔を上げる。
「……ですが、わたくしは諦めません。――クライヴ様」
セシリーは真っ直ぐにクライヴへと体ごと向けると、真剣な面差しで言葉を紡いだ。
「真剣なのです。初めてお会いした時、わたくしは恋に落ちました。あなた様が運命なのだと感じたのです。今はまだお互いを理解しておりませんから、そういった感情をわたくし抱いておられないかもしれません。ですが、少しだけでもいいのです。わたくしを見てはいただけませんか?」
聞いているこちらが息を呑んでしまうほど、真摯な思いが言葉に込められているように感じた。
それほどまでにクライヴのことを、愛しているのだろう。
少しだけでもいいからチャンスが欲しい。
そんな思いで告げられた言葉を、クライヴはしっかりと聞いていた。
束の間瞳を閉じていたクライヴは、ただ穏やかに笑う。
「あなたの想い、わかる気がします」
「――え?」
なにを言うのだろうかと、皆がクライヴを見つめる。
人々の視線を集める中、彼は流れるように自らの心の内を口にした。
「俺も同じです。少しでも自分を見て欲しい。可能性があるのなら縋り付いてでも手に入れたい。そんな想いを、俺も持っています」
「……そ、れは」
「好きな人がいます」
ひゅっと、パトリシアの喉が小さく鳴った。
あまりにも小さすぎてセシリーには気づかれなかったようだが、一瞬だけクライヴの視線がこちらへと向けられた。
「ずっと昔、俺はその人に助けられたんです。怖かっただろうに、不安だっただろうに、その小さな手を目一杯広げて守ろうとしてくれた姿に、恋をしました」
クライヴはそっと己の手のひらを見つめると、すぐに顔を上げた。
「今度は俺が守りたいと思った。彼女の、花のような笑顔が大好きだから。その笑顔を守るためならなんだってできると、そう思うんです。……だからごめんなさい。あなたの想いには答えられません」
「………………、そ、う、ですか」
セシリーの瞳が揺らぐ。
一瞬涙の膜が瞳を包み込んだかと思えば、彼女は勢いよく椅子から立ち上がった。
「――っ、それでも、諦められませんっ。クライヴ様も、お分かりになってくださるかと思います。…………失礼いたしますわ」
泣きそうだったのだろう。
顔を伏せたまま走ってこの場を去るセシリーの背中を見つめたまま、クライヴはぼそりと呟いた。
「……わかるよ。俺も、一緒だったから」
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