きっかけを作るのは大変
やっと解放されたと教室へ戻れば、そこには心配そうな顔をしているクライヴとハイネがいた。
「パティ。大丈夫だった? クラスのやつからパティが女子に連れてかれたって聞いて……」
「こいつ飛び出そうとしてたから止めるの大変だったんですよほんと」
「ありがとうございます、ハイネ様」
確かにあの場にクライヴが来ていたらとんでもないことになっていただろう。
止めるのも大変だっただろうけれど、そこは感謝しかない。
「クライヴ様もご心配おかけしました。けれど大丈夫でしたから」
「…………なにがあったの?」
「……そう、ですね」
彼女たちのことはどうするべきか考える。
さすがにシグルドの件で多少は懲りたであろうが、今後もやらないとは言い切れない。
「んー……クライヴ様とハイネ様に近づくなと言われました」
あとパトリシアが気を使ってあげる必要は皆無である。
なので簡潔に物事を伝えることにした。
「なので無理ですとお伝えしていたらエヴァンス様がいらっしゃいまして助けていただいたのです」
「……エヴァンスが? ……ふーん」
「自分が助けに行けなかったからって拗ねないの」
「拗ねてない。エヴァンスにむかついてるだけ」
「余計厄介じゃないか……」
細かいところまでは話す必要がないのでそこで終了しようとしたのだが、察しのいいハイネが終わらせるのをよしとはしなかった。
「あのシグルドが令嬢たちのそんな姿を見て、暴走しないわけがないと思うんだけれど、そこんところはどうでした?」
「…………」
この人は本当によく見ているなと感心してしまう。
それともシグルドと仲がいいのか。どちらにしろ彼にはあまり隠し事はできそうにない。
まあ聞かれたのなら話すかと、先ほどまでのことを思い出す。
「そうですね。かなりいろいろ言っていたと思いますよ。勉学に励んでないのに人に教えることができるのか、とか」
「んー、辛辣。令嬢方も大変だとは思いますけどねぇ。家からの圧力とか、いろいろあるでしょうし」
学園に入ったというのは、すぐに周辺の家々に知れ渡ることになるだろう。
そうなったら必ず、あそこのお嬢さんは玉の輿に乗れるのねと噂になる。
なのに家に帰った時になんの成果もなかったら。周りからなにを言われるかわかったものではない。
彼女たちはわかっているのだ。後退りできる道はないと。
「そうですね。でもだからと言って他人を貶めていい理由にはなりませんけれど」
「ごもっとも」
「彼女たちに攻撃された私が仕返すのならわかりますが、第三者がしていいことではないと思うのです」
「僕だったらし返しちゃうけどね。パティがいじめられてたら」
「あら。私そんなに弱くはありませんよ」
「……知ってるけど」
不服そうなクライヴに笑いつつ、そろそろ時間だと時計を見る。
「とりあえずみなさんには牽制しておきましたので大丈夫だと思います。エヴァンス様もお会いする機会があるとは思えませんし」
「確かに。学年違うとなかなか会う機会ないですしねぇ」
「パティがいいならいいけど、なんか困ったことがあったら教えてね」
「ありがとうございます」
頼ることは多分ないけれど、その気持ちは嬉しいのでありがたくお礼を言った。
そんなパトリシアに気づいたのか、クライヴは不服そうな顔をしていたが、そんな彼を無理やり連れてハイネが授業の準備に向かう。
軽く手を振って送り出し、改めて己の席へと腰を下ろした。
まあまた似た様なことがあったとしても上手く対応すればいいだけなので、そんなに気負うことはしない。
それよりもまずパトリシアが気になるのは。
「…………」
「…………」
ちらちらと、お互いがお互いのことを盗み見る。
隣に座る気になる存在を。
……話しかけたい、とても。
だがしかしどう話しかけたらいいのかわからない。
先ほどの話の続きをするべきなのか、はたまた別の話題を振るべきなのか。
話しかけたとして相手から返事がなかったら……。
想像しただけで心臓がキュッとなる。
そういえば今までこんなことはなかったなと思う。
友人と呼べる存在も年上ばかりで、同年代で親しくしていた人はいない。
話はするけれど当たり障りのない会話ばかりで、気軽にお話なんてできていなかった。
「……」
「…………」
どうしようかとちらちらと見ては口を開け、しかし声をかけられずまた閉じる。
それを繰り返しているうちに授業が始まってしまい、結局声をかけることはできなかった。
心残りはありつつも、授業には集中しなくてはならない。
黙々とノートをとりながらも、時折ふと思う。
やはり――友達が欲しいと。ならやることは一つ。
よしっ、と決意を新たにする。
必ず授業が終わったあと彼女に声をかける。
そして語るのだ、いろいろなことを。
最初の一言をなんと声かけるか。
結局授業が終わるまで、そのたった一言を決めかねたのだった。
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