勧誘を受ける

 季節はゆっくりと過ぎていき、ついにこの時がやってきた。


「…………最悪だぁ。やりたくないぃ」


「なにいってんだか。いつものことでしょ?」


「だから嫌なんだよぉ」


 ハイネが項垂れている。

 今から起こることが、それほど嫌なのだろう。


「大丈夫ですよ。この日のために一緒に頑張ったじゃないですか、勉強」


「まあ。今までよりは頑張りましたよ……。フレンティア嬢とかシェリーにも教えてもらったから……普段よりは出来るはず……だけど……嫌なものは嫌なんですよぉ」


「嫌々言っても五分後からテスト始まるわよ」


「うぅ〜……」


 テスト勉強はなんだかんだ頑張ってやっていたのに、テスト本番は本気で嫌らしい。

 頭を抱えているハイネに皆で笑っていると、あっという間に時間になる。


「僕らそろそろ席に戻るね。パティ、一応負けないように全力でいくから」


「私も。アカデミーにきてはじめてのテスト、頑張ります」


「俺は補習にならないようにがんばる……」


「私は上位五人に入れるようにする!」


 じゃあ、と手を上げてみんな己の席に着く。

 すぐに教師がやってきて、テストの紙を配られる。

 こういう形のテストは生まれてはじめてだった。

 家や皇宮で受けていた授業は教師と一対一だったのでテストも一対一でやっていたが、それすらもほぼやったことがなかった。

 文字を覚えてからは質問に答える程度がほとんどだったため、ここまできちんとしたテストは数年ぶりだ。

 ――わくわくする。

 パトリシアはペンを取ると勢いそのままテストへと立ち向かった。



 三日間にわたるテスト期間は終わり、そこからさらに二日たちテストの順位が出る日となった。

 結果は全生徒が見れるようカフェテリアのそばにある広場に出されるらしい。

 というわけで四人で見にきたのだが。


「……おお。七位は過去最高だ」


「やった。三位!」


「……二位か。…………やっぱりパティには勝てないな」


「……」


 パトリシアの名前は一番上にあった。

 その下にクライヴ、シェリーがいて、ハイネも真ん中あたりにはいるため勉強の成果はあったようだ。

 だがそれよりもパトリシアの視線を釘付けにしたのは、総合発表のところであった。

 総合発表では、すべての学年の一位がテストの点数順に書かれている。


「それにしても……前代未聞。おめでとうパティ。総合一位、まさかパティがとるなんて思ってなかったわ」


「僕はパティがとると思ってた。……まあ、負けるつもりはなかったんだけどね」


「頑張ったんだな……。えらいえらい」


 ハイネの顔面ぎりぎりを拳が横切り、ぎゃーぎゃーと言い合いを始める。

 本当にこの二人仲がいいなと、のほほんと見ていると突然周りが騒ぎ出した。


「――……」


「………………あいつら」


 周りの視線の先を追えば、シェリーが絞り出すようにいった意味がわかった。

 こちらにやってくる四人の姿。

 シグルド、ロイド、クロウ、そしてマリー。

 できれば関わり合いたくない四天王が近づいてくる。

 シグルド、クロウはなんだか複雑そうな顔をして、ロイドは今にも泣き出しそうだ。

 そんな彼らはパトリシアの前までくると足を止めた。


「……ごきげんよう」


「…………フレンティア嬢」


 なんなのだ。

 なぜそんな、怒られた子供のような顔をしてこちらを見てくるのだ。

 クロウはもうパトリシアをまともに見ることができないようで、ちらちらちらちらと視線を向けては離すを繰り返す。

 ロイドは……なぜか泣いている。

 意味がわからないので無視することにした。


「なにか御用ですか? ないのでしたら失礼したいのですが」


「…………」


 用事がないのならさっさと離れたいのだが、シグルドがなにか言いたそうにしては口を閉ざすを繰り返している。

 しばしの沈黙。

 いい加減痺れを切らしたクライヴとシェリーが口を開きかけた時、シグルドからぽつりとつぶやかれた。


「……フレンティア嬢。レッドクローバーに入らないか?」


「………………はい?」


「ちょっとシグルド! なに言ってるのよ。レッドクローバーの枠はもう余ってないわよ?」


「学園長に言えば開けてもらえるだろう。転入早々総合一位になるなんて、とても優秀な生徒だ。……おめでとう」


「…………ありがとう、ございます」


 周りが尚更ざわめき立ち、人々の視線が釘付けになる。

 なんとなく生徒たちの間でも、このレッドクローバーという存在が大きいことは理解していた。

 まあパトリシアは興味がなかったので、あまり気にしてはいなかったのだが。

 優秀な生徒のみが入れる組織。

 そういう限定的なものに人間は弱い。

 だからこそ皆が口々に言う。

『レッドクローバーに入れるなんて羨ましい』と。

 そういうものかと、パトリシアは周りを見て思う。

 人々が羨ましがるほどの存在なのか、と。

 前を向けば、四人が四人それぞれの表情をしている。

 シグルドは不安そうに、ロイドはどこか嬉しそうに、クロウは複雑そうに、マリーは不機嫌そうにこちらを見てくる。


「……」


 正直な話、レッドクローバーに入る入らないはさしたる問題ではない。

 パトリシアにとって重要なのは、この四人との関係性、そして距離感である。

 できれば近寄りたくはない。

 特にこんなふうに人々の視線集まる場所では関わり合いたくはなかった。

 下手に噂されるようなことは避けたかったのに。

 今はもう、噂の中心になってしまっている。

 さらにはレッドクローバーに誘われて、皆から羨望の眼差しを向けられている。

 今ここでこの誘いを断るのは至難の業だろう。


「可能なら、君にレッドクローバーに入ってほしい。……どうだろうか?」


 シグルドも生徒たちからは慕われているのだろう。

 特に女生徒からの視線が痛い。

 マリーからの視線も痛い。

 さてどうしたものかと少しだけ顔を伏せて、束の間考える。

 レッドクローバーに入れば、きっとパトリシアの世界はもう少しだけ広がることだろう。

 他学年との交流も増えるだろうし、仕事も色々やれる。

 それはパトリシアにとってプラスになることだろう。

 ならば悩むことはない。

 自分にとってプラスになるのなら、それはやるべきだと思う。

 パトリシアは顔を上げるとにっこりと微笑んだ。


「嫌です。入りません」


 どれほどプラスになろうが元がマイナスなら、結局はマイナスにしかならないのだ。

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