シグルドとマリー

「シェリーは卒業後に、己の才能が発揮できる場所があったらどうしますか?」


「……どういうこと?」


 もぐもぐと口を動かしながらも小首を傾げたシェリーは、訳がわからないという顔をしている。

 つい気が急いるばかりに脈略のない話をしてしまったなと、手に持っていた紅茶をテーブルの上に置いた。


「この国では女性は家に入るものです。けれどそれを変えることができたら、シェリーなら嬉しいですか?」


「……仕事をするってこと?」


「はい」


「結婚せずに?」


 こくりと頷けば、シェリーはクッキーに伸ばしていた手を止める。

 今日は女子会と称して、二人でお茶会をしていた。

 そんな完全プライベートな席での、たわいない話として持ち出した話題だったのだが、彼女は腕を組んでしばし沈黙した。


「…………そうねぇ。突拍子もなさすぎて、考えたこともなかったわ」


「そうですよね」


「仕事かぁ……」


 パトリシアの考え方が異質なだけで、普通はシェリーのような反応になるのだろう。

 卒業したら結婚する。

 それが当たり前なのだから。

 シェリーはうーんと考えつつも、ぽつりぽつりと思いを教えてくれる。


「私は……できるならやりたいなと思う。自分の力を発揮できるところがあるなら、やりたいって思うのが普通じゃない?」


「……そう、思いますか?」


「うん。異質なのはわかってるけど。うちもアカデミーに通えるってなった時、親からいい相手を見つけてこいってしつこかったもん。そんなの無理だって言い続けてたけど。卒業して適当な相手と結婚するくらいなら、仕事をしてみたい」


 同じことを思う人はいるのだなと、シェリーを見る。

 この考え方がおかしいのはわかっているから、そばに味方がいるというのは心強かった。


「……私も。アカデミーにくるという道から逸れたことをしているのに、その先は決定しているかのように過ごしていました」


「普通よ。それは」


「……マクベス様の書類を見ていろいろ考えさせられました」


「そっか。……まあ、あいつも役には立つのね」


 嫌いだった人を好きになるのはなかなか難しいものだ。

 言い方の棘は気づいていたが、致し方ないだろうと話の続きをしようとし止める。


「……こんにちは。エヴァンス様」


「フレンティア嬢。少しいいだろうか?」


 どうやら話があるらしい。

 ここに一人でいても仕方がないとシェリーが離れようとするが、それをシグルドが止める。


「シェリー・ロックス。君もいてくれると助かる」


「……私も?」


「君にも聞いてほしい話があるんだ」


 思わず二人で顔を合わせてしまった。

 今までにない展開だ。

 驚きつつもそういうことならと、シェリーは座り直した。


「……なんの話があるのよ」


「…………以前の件、謝罪をしたい」


「――」


 まさかの展開に思わず目を見開いてしまう。

 彼は無言でシェリーのそばまでやってくると、深々と頭を下げた。


「申し訳なかった。フレンティア嬢に言われて、己の無能さを恥じた。勝手に決めつけて君の話をまともに聞くこともしないで……。申し訳ない」


「…………」


 しばしの沈黙。

 ぽかんとしたシェリーは数秒後に瞳を据えた。


「……申し訳ないで済むと思う? 私、犯罪者扱いされたんだけど」


「…………済まないのはわかってる。だからもしよければ、君にも挽回のチャンスを与えてもらえればと」


 どうするのだろうかと二人を黙って見続ける。

 これはパトリシアが口を出す話ではないのはわかっているので、ただ上手いこといくよう祈るしかない。

 しばしの沈黙。

 その後に口を開いたのはシェリーだった。


「……別に挽回なんて必要ないわよ。もう怒ってないもの。どーでもいい。私を信じてくれなかった奴らにいつまでも固執したくないもの」


「…………そうか」


 それは突き放したような言い方に聞こえたけれど、そうではないのだろう。

 彼女はもうあの事件を過去のものとして処理したのだ。

 だからその話はこれで終わり。

 もう掘り返すこともないし、彼に対してそのことで詰めることもしない。


「……シェリーは大人ですね」


「そうでしょ」


「…………感謝する」


「はいはい」


 しっしっと手を振りつつ、話は終わりとシェリーはクッキーに手を伸ばす。

 紅茶も冷めてしまったので淹れ直したいけれど、そうはいかないらしい。

 未だ話があるらしいシグルドへ席をすすめる。


「お話があるのでしたら、お座りになってください」


「……ああ」


 腰を下ろしたシグルドは、難しい顔をしながらゆっくりと口を開く。


「……マリーのことなんだが」


「あの女がどうしたのよ?」


 マリーの名前を聞いてまず思い浮かべたのは、クロウと話をした時のこと。

 専属騎士云々の話を人前でして、なおかつ彼女もそれを目撃していて。

 涙を浮かべながら階段を駆け上がった彼女の様子を思い出し、頭を抱えそうになってしまう。

 そんなパトリシアに気づいたのか、シグルドは言いづらそうに口を開く。


「私とマリーは幼馴染で、昔はずっと一緒にいたんだ。……私にとって、マリーは全てだった」

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