友へ、愛を込めて

「さっすが公爵家……家綺麗! 部屋ひろ! ベッド大きい!」


 すごい!

 とはしゃぎながらシェリーがベッドにダイブするのを、パトリシアは後ろから眺めていた。

 ゴロゴロと回り続ける彼女の頭を軽く叩きながらベッドへと腰を下ろす。


「シェリーも伯爵家の御令嬢なんですから、そのようなはしたない真似はよしてください」


「はーい」


 それでもゴロゴロするのはやめないようなので、パトリシアは侍女であるエマに声をかけて、お菓子を用意させた。

 薄い花柄のテーブルクロスをベッドの上に広げると、そこにお菓子の置かれたお皿を並べる。


「あら、いいの? はしたなくない?」


「よく考えたらここには私とシェリーしかいないので、たまにはいいかなと」


「なにそれ最高!」


 ベッドに寝転びながらおしゃべりをして、時々お菓子を摘む。

 あれやこれやと話をしていると、あっという間に時間が経っていく。


「まさかシェリーがノーチス国王陛下と、そんなに親しいだなんて思ってもなかったです」


「ん? ああ、なんか気に入られてたみたいね? 私はパティの自慢話してただけなんだけど……なんでかしら?」


「……まあ、そういうシェリーの自然体をネロ陛下も気に入ったんだと思いますが」


 実際クライヴやハイネもそんなシェリーの有様を好ましく思っているところがある。

 シェリーはもぐもぐと口を動かしつつ、軽く首を傾げた。


「……そうなの? でも、私が自然体だって言うならそれはパティのおかげだね」


「私?」


「だってパティに会うまで私は自然体なんかじゃなかったもん。アカデミーに入るまではいい人と結婚しろって言われ続けて……。今度はアカデミーに入ったら入ったで、周りは結婚のことしか考えてなくて。……私周りを見下してた。馬鹿な奴らしかいないんだって」


 出会ったばかりのころのシェリーを思い出す。

 授業中は必死になってノートを取り、誰とも喋らないようにしていた彼女は今、たくさんの人と関わる仕事をしている。

 もしかしたらシェリーの言うように彼女がそうなれたのは、パトリシアのおかげなところもあるのかもしれない。

 けれど覚えている。


「……最初からシェリーはシェリーでしたよ。だって最初に私に声をかけてくれたのは、シェリーじゃないですか」


「それは……パティは他の奴らとは違うって思ったから……そうじゃなきゃ声なんてかけなかったわ」


「私はあの時シェリーに声をかけてもらわなければ、一人も友達ができなかったはずです」


 友達を作ろうと意気込んではいたが、どう作ればいいのかはわからなかった。

 どちらかといえば女子からは遠巻きに見られていたし、あのままでは友人なんて夢のまた夢だっただろう。

 だからあの時、シェリーが話しかけてくれたことが、パトリシアの分岐点の一つだったのだ。


「ありがとう、シェリー。あなたという友人を持てたこと、私の一生の誇りです」


「…………私もよ。あなたみたいに綺麗で、自分を持ってて、努力家で。いいところを上げ出したらキリがない、そんな人が私の一番の友達でよかった」


 シェリーは起き上がると、そっと近づきパトリシアを優しく抱きしめてくる。

 それに応えるように背中に手を回せば、より一層腕に力が込められた。


「パティ、本当に大変だったでしょう? だから後は任せて。頼りないかもしれないけど、あなたの夢は私が叶えてみせるから」


「私が誰かを頼るならそれはシェリーです。こんなに頼りになる友人、他にいませんから」


「クライヴ陛下より?」


「……クライヴ様は友人ではないですから」


「それはそうね」


 くすくすと笑うシェリーは、パトリシアの首元に腕を回したまま体を少しだけ離した。

 おでことおでこをくっつけて、ぼやけるほど近い距離でシェリーは笑う。

 優しく、穏やかに。


「少し早いけど、結婚おめでとう。皇后になるってきっと私が想像してるより大変よね? でもね、あなたなら大丈夫だって私は信じてる。パティは絶対幸せになるの。今まで大変だった分、誰よりも大きな幸せをあなたは手に入れるはずよ」


「ありがとう、シェリー。私もあなたの幸せを願います。……もし辛かったら、逃げてもいいんですよ?」


 パトリシアが宰相をしていた時、本当は泣いて眠れぬ夜もあった。

 悔しさに唇を噛み締める日もあった。

 それでも我慢して進むことを、大切な友人に強要したくはない。

 だから逃げてもいいのだと伝えれば、シェリーはゆっくりと首を振った。


「逃げないわ。この立場にいることで私がパティを守れることもあるんだもの。それに、あなたが逃げなかったのに私が逃げると思う?」


「…………思いません」


 絶対に彼女は逃げないだろう。

 どれほど辛かろうとも、パトリシアと同じように歯を食いしばってやり遂げるのだ。

 わかっているからこそ、無理だけはしてほしくない。


「……じゃあ、辛くなったら訪ねてきてくれますか?」


「皇后様とお茶できるの?」


「もちろん。むしろ呼びます、毎日」


 毎日は無理だと額にデコピンを食らわされる。

 赤くなったそこを撫でていると、くすくすと笑ったシェリーがもう一度強く抱きしめてきた。

 パトリシアの背中を優しく撫で、肩を顎を乗せる。


「幸せになってね。親友」


「――もちろんです。シェリーも幸せになってください」


「もう幸せよ。こんな素敵な友達がいるんだから」

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