それは夢のような

「――…………そういうの聞きます?」


「大切なことだと思うから。あんなことしといてあれだけど、嫌がる人と結婚するのはダメでしょ」


「……そういう常識はあるんだ」


「おい!」


 ほぼ無理やり王太子の婚約者になったけれど、結婚となると話は違うらしい。

 いや婚約者の時からその誠意を見せてくれよと思いながらも、最終的にはこれでよかった気もしている。

 自分でもびっくりだ。

 まさかそんな心境に辿り着くことになろうとは。


「そっちこそいいんですか? 私で……」


 これでも侯爵家での扱いはそこまでよくはなく、さらにいうなら友人などもほとんどいない。

 年頃の令嬢が話すような恋バナなどが一つもできず、お茶会にもほとんど呼ばれなかった。

 そんな旨味のない令嬢でいいのかと問えば、ハイネはふと視線を斜め上へと向ける。


「んー……」


「…………今ならやめられるかと思いますけど」


「ん!? いや! そういうことじゃなくて。どうやって伝えるのが一番伝わるかなぁと」


 どうやら言いたいことをうまく己の中でまとめようとしているらしい。

 なら一旦待つか、と考えている彼の横顔を見る。

 まあ彼の反応的に結婚をやめるとは言われないみたいで、少しだけ安心した。

 恥ずかしながらちょっとだけ楽しみにしていたりするのだ。

 この男との今後を。


「なんっ……ていうかさ、フローラはあれなんだよ」


「あれってなんですか……?」


「んあー…………俺にはさ、大切な友人が三人いるんだよ」


 なんで急に友達の話になるんだ。

 ハイネの言いたいことがわからずじとっとした瞳を向ければ、彼はうんうんと唸りながら口を開いた。


「前にも少し話したかもだけどめちゃくちゃいい奴らで、本当に……あいつらと友達になれたことは俺にとって最高のことなんだ」


「…………素敵ですね」


 そんな友人を得られたのなら、確かに彼は最高の人生を送ることができているのだろう。

 そんな中自分と結婚することになるのか……と、人生とはいいこと半分悪いこと半分というのは真実かもしれないと思い、自分自身で勝手にダメージを負った。


「とってもな。そんな奴らの各々好きなところがあるんだ」


「まあ、そうでしょうね?」


「うん。シェリーははっきりしてるとこ。嫌なものは嫌ってはっきり言ってくれるところが清々しくて、一緒にいると気楽なんだ」


「うんうん」


 女性らしき名前にぴくりと眉が動いたが、気付かなかったことにした。

 ハイネは指を一本立て、名前を言うごとにもう一本と立ててゆく。


「クライヴはなんでもズバズバ言ってくるところ。シェリーと似てるけど、あいつは俺には取り繕うことなく言ってくるから、信頼されてるんだなって嬉しくなる」


「ほうほう」


 このクライヴという人がハイネのいう親友に当たるのだろうか?

 いや、そもそも今名の上がる人は全員そうなのかもしれない。

 全員大切な人なのだろうことは、彼の表情を見れば一目瞭然だった。


「んでパトリシア嬢。彼女は自分を持ってる。真っ直ぐに進んでいくところが……見てて応援できる」


「…………」


 なんだろうか?

 今の時だけ、ほんの少しだけハイネの表情が他の二人とは違った気がしたのだ。

 優しく穏やかなのは変わらないのに、どこかに悲しさのようなものも混じっている気がして、フローラは彼の表情をじっと見つめる。


「いや、それは三人ともか。とにかく頑張っててさ……すごいんだ、俺の友人たちは」


「……そうなんですね」


 彼がそこまでいうのなら本当にすごい人たちなのだろう。

 うんうんと頷くフローラをちらりと見たハイネは、そっと彼女の方へと手を伸ばす。


「――似てるよ。フローラは、俺の大切な人の好きだと思えるところを全部持ってる」


「…………そ、う、ですか?」


「そうだよ。意見ははっきりしてるし、それをちゃんと口にするし、自分を持ってる」


 そういえばいつの間にか名前で呼ばれてる、なんて今更気がついた時にはもう遅くて。

 ハイネの手がそっとフローラの髪に触れた。


「俺の好きな人の好きなところを全部持ってるフローラ。そんな人を好きにならないわけがない。君が俺の前に現れたのは運命だったんだ」


「…………そういうこと口にするの、恥ずかしくないんですか?」


「おい! ありのままを伝えたのに!」


 唇を尖らせてぶーぶー言っているところは子供っぽく見えるのに、先ほどの表情はあまりにも大人で……。

 思い出したらなんだか顔が熱くなった気がすると、ハイネから顔を背けた。


「…………まあ、そちらがいいのなら構いませんが」


「いいんですよ。むしろありがとな。こんな俺のお嫁さんになってくれて」


 人気者の王子様。

 たくさんの女性の憧れ。

 そんな人が自分の夫となる。


「…………」


 ふと思う。

 子供のころ、そんなことを夢見た少女がいたなと。

 その時からある意味では達観していたフローラは、彼女の夢を叶わないと決めつけてしまったのだ。

 なんて失礼なことをしたのだろうかと、大人になった今反省してしまう。

 この世の中に、ありえないことはないのだ。

 もちろん叶うことはほぼ不可能でも、可能性はゼロじゃない。


「――夢みたい」


「夢? いやいや、夢にされちゃ困る」


 今思えばあの夢を持ったのは、本当にあの子だけだったのだろうか?

 本当はフローラも、そんなお伽話を信じたのではないだろうか?

 ただ、口にするのが恥ずかしくて。

 瞳をキラキラさせて語るその子が羨ましくて。


「とりあえずあれだ。結婚式はどんなのがいい?」


「…………どんなのでしょう? 今度二人で、話し合いましょう」

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