二羽の鳥
「…………そのような出会いだったのですね。なんというか、だいぶ特殊な……」
「私もシェリーに聞くまでは知らなかったんです。ですが話を聞けば聞くほど……ハイネ様らしいな、と」
「そうなのですね。ですがそれでなぜ、皇后陛下に手紙を……?」
パトリシアは手元にある手紙をじっと見つめる。
美しくも大胆な字で書かれているそれは、当人にとってはとても重要なことなのだろうがつい笑ってしまう。
「最近ハイネ様の様子がおかしいみたいです。隠れてどこかへ行っていることが多いらしくて、不安だと……」
「――そ、れは」
セシル卿の目が横にずれる。
なにやら思い当たることがあるのか、とても不安そうにしており、その表情を見てパトリシアはくすくす笑う。
「な、なぜ笑われるのですか?」
「ごめんなさい。内容を知らないとそうなってしまいますよね?」
「…………どういうことですか?」
きっとアヴァロンの王太子妃であるフローラは、とても心配していることだろう。
それこそそこまで面識のないパトリシアにこんな手紙を送ってくるくらいだ。
セシル卿と同じように不安いっぱいの表情をしているかもしれない。
だがどうしても、パトリシアは彼らと同じような気持ちになることができないのだ。
「実はハイネ様が行ってる場所がシャルモンの姉妹店で、最近アヴァロンで開店した店舗なんです」
「……シャルモン、ですか? 一体なぜ? 買い物があるのなら呼び寄せたらよろしいのに」
「呼び寄せたらバレてしまうではないですか」
「…………?」
ずっと頭の上にハテナが飛んでいるセシル卿がどことなく可愛らしく思えてずっと答えを言わないでいたいが、さすがにこれ以上はかわいそうだと正解を教えてあげることにした。
「ハイネ様とフローラ様の結婚は、先ほどお話しした通りです。あのまま結局、流れるように結婚式までしてしまったらしく、ハイネ様はそれを悔いていたらしいのです」
「…………ああ、なるほど」
さすがは察しのいいセシル卿だ。
すぐにパトリシアの言葉の意図を理解したらしい。
彼の言葉に頷いたパトリシアは、手紙を丁寧に元の封筒に戻した。
「ハイネ様はフローラ様のこと、本当に大切に想っていらっしゃるんです。プロポーズをやり直したい、とオーダーメイドの指輪をお願いしているらしく。私にもどのようなデザインが女性に好まれてるのか、と手紙がきましたから」
あまり他の人とそういった甘い話をしてこなかった身としては、友人の幸せそうな姿を想像できる手紙はとても嬉しかった。
手紙を読みながら思わずニヤついてしまい、侍女たちから大丈夫かと声をかけられたほどだ。
そういうことなら任せてほしい、とパトリシアはローレランのものではあるが流行り廃りを逐一手紙に綴った。
友人がうまくいきますように、なんて心を込めながら手紙を送ったのだが、それを聞いたセシル卿はなんとも言えない顔をする。
「……差し出がましいようですが、それで皇后陛下に手紙を送ってこられているということは、王太子殿下のお心は、お相手に届いておられないのでは…………」
「…………みたい、ですね?」
確かにセシル卿のいう通り、ハイネの不在でフローラが不安に思っているのなら、彼の想いが届いていない可能性がある。
そう思うとなんだかとても不安になってきた。
この二人にはぜひとも幸せになってほしい。
差し出がましいかもしれないが、こちらから少し動いたほうがいいかもしれない。
しかし、こういうときどう動くのが最適なのか……。
パトリシアはあわあわと慌てつつ、近くの侍女に声をかけた。
「ひ、ひとまず手紙の準備をしてください。……し、シェリーに聞いてみようと思います」
「宰相様でしたらお呼びになればよろしいかと。直接お話ししたほうが、皇后陛下のお心も晴れましょう」
「ですが忙しいでしょうし…………」
「…………皇后陛下は、忙しいからと体調の思わしくない友人からの誘いを疎ましく思いますか?」
「思いません! …………あ、」
パトリシアの体調があまりよくないことは、もうシェリーの耳にも入っているだろう。
とても心配してくれているはず。
それでも直接会いにこないのは、きっと気をつかってくれているからだ。
もしパトリシアがシェリーの立場なら、会いたいと思う。
それならと、パトリシアはセシル卿へと声をかけた。
「シェリーを呼んでください。彼女の手が空いた時でいいので、と」
「かしこまりました。ですがその前にお食事を。そしてそのあとは医師による診察を受けてください」
「午後ではだめですか? まだやらねばならないことが……」
「そういうと思ったので前倒しにしたのです」
さすがセシル卿だ。
パトリシアの考えなんてお見通しらしい。
これは先に医師の診断を受けなければ納得してくれないだろう。
侍女が持ってきたフルーツにも手を出しつつ、彼の提案に頷いた。
「わかりました。医師を呼んでください」
「かしこまりました」
踵を返したセシル卿の背中を見つつ、パトリシアは椅子にもたれかかる。
みんなみんな、幸せになれればいいのに。
もちろん人によって幸せの形は違うだろうけれど、不安に悩んだり傷ついたり、そんなことはもうして欲しくないのだ。
大切な人たちの笑顔が見たい、ただそれだけ。
パトリシアが望むのは、それだけなのに。
それすら難しいなんて、神様はいつだって意地悪である。
「……ふふ。そんなこと思ってたら、バチが当たってしまうかもしれないわね」
もう一つだけとフルーツを口に運ぶ。
酸味と爽やかな味わいにほっと胸を下ろしていると、セシル卿に連れられて医師がやってきた。
彼による診察を受けつつ、パトリシアはふと窓の外を見る。
そこには白い鳥がいた。
大空を羽ばたく二羽の白い鳥は、思えば結婚式の時に見たものにとても似ている気がする。
もしかしたら同じ子たちなのかもしれない。
そんなことを思っていると、ふと視界の端にそんな二羽よりも小柄な鳥が彼らを追いかけるように、必死に翼を羽ばたかせているのが映った。
あ、と思ったその時だ。
「――皇后陛下。おめでとうございます! ご懐妊、心よりお祝い申し上げます」
「……………………え?」
【書籍&コミカライズ】ぷちっとキレた公爵令嬢は人生を謳歌することにした あまNatu @natume0101
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