傷を語る

 さてその後、シェリーに話を聞きたかったけれどすぐに授業が始まってしまい。

 そのまま放課後になってしまった。

 四人で寮へと向かいながら、話題はシグルドとのことになる。


「あいつとなに話してたの?」


「とってもくだらないことです」


「…………なんかパティ怒ってる?」


「いいえ。もう大丈夫です」


「もう……。あいつ、」


「その人を殺しそうな目やめなさいよー」


 自分では隠せているつもりだったけれど、クライヴにはバレてしまったらしい。

 けれどこの話を二人がいる場所でするわけにはいかない。

 彼らがこの事件を知っているにしろいないにしろ、これは二人きりで話したほうがいいことだ。

 なのではぐらかしたのだが、クライヴはどこか不服そうにしている。


「……まあ、パティが大丈夫ならいいんだけど」


「そこは本当に大丈夫です」


「そう? まあ……ならいい」


 食事はまた後で一緒に行こうと約束し、寮の一階で二人と別れた。


「パティの部屋って何階?」


「最上階です」


「やっぱり! すごい造りだって聞いてたけど、女子の方で使ってる人いないからわからなかったのよね」


「来てみますか?」


「いいの? 行きたい!」


 シェリーを連れて最上階へと向かい、部屋の鍵を開ける。


「うっわぁ……。さすがお貴族様って感じ」


「そうですかね?」


「私たちのところとは違いすぎる……。部屋この半分しかないもん」


 ひとまずソファーへと誘導すれば、シェリーはなんだかぎこちなさそうに腰を下ろした。


「ふかふか……」


「お茶とか用意できたらよかったんですが……」


「気をつかわなくていいよ。むしろこんなソファーに座れただけでじゅうぶん」


 そう言って微笑む彼女は楽しそうで、やはり先ほどの話が嘘だったのではないかと思う。

 このまま違和感のある状態でシェリーと関わりたくはないと、そっと口を開いた。


「シェリー。エヴァンス様から聞きました。ブローチの件について」


「…………だと思った。あの男のことだから、いろいろ言ったんでしょ。で?」


「で、とは?」


「パティはどう思ったわけ?」


 あ、と気づくことができた。

 今向けられているシェリーの表情が、いつもと違うことに。

 落ちた瞼に、下がった口角。

 鋭い瞳は、しかしそこに怒りはなかった。

 あるのは失望。

 彼女はきっとパトリシアが彼のいうことを信じたと思っているのだろう。

 あんなに筋の通っていない見解を鵜呑みにするほどパトリシアは愚かではないが、シェリーとは出会ったばかりで流石にそこまでの信頼を勝ち取ることは不可能らしい。

 信頼とは時間をかけるものなのだから。

 パトリシアもシェリーに全幅の信頼を置いているわけではない。

 アレックスとのことを話していないのにはそういった意味もある。

 そんな中でもシェリーを信じたのは、マリーとシグルドよりも信じられる気がしたのと、なによりも証拠のなさだった。


「お粗末な内容だなぁ、と」


「……え、なにどういうこと?」


「物的証拠はあれどシェリーを犯人とする証言がないというのは、あまりにもお粗末です。あなたが校舎を抜け出したところを見たものも、寮に入るのを見たものもいない。そしてあなたは否定している。それなのに確定してしまうのは愚か者のすることです」


「……パティ、あなた」


「だからこそ知りたいのです。少なくともシェリーから話を聞くまでは、私の中で確定付けていいものではないと思っていましたので」


 シグルドの話を聞いたのだから、次はシェリーの話を聞かなくては。

 彼女がどこでなにをしていたのか。

 それを知りたいのだ。


「一体なにがあったのです?」


「………………パティは、レッドクローバーって知ってる?」


「エヴァンス様の口から度々出ていましたね。想像するに、学園で生徒をまとめる仕事をしてる組織、でしょうか?」


「そう。仕事内容は学園行事とか卒業生たちとのやりとりとか色々。基本は成績上位者が入れる。ちなみにクライヴ殿下は断ってたよ。これ以上忙しくなってたまるかって」


 それは確かにそうだ。

 クライヴは一応皇位継承権を持つ存在であり、仕事は山のようにあるだろう。

 そんな彼が学園行事にまで手を出すのはなかなか難しいはずだ。


「……私、学年二位だったんだ。だからその権利があって……でも渋ってた。人付き合い得意じゃないし」


「そういう立場なら、たくさんの人と交流することになるでしょうしね」


 ある意味それを学ぶ場所でもあるのだろう。

 人と交流し意見を述べ、また聞くことは一朝一夕にできることではない。


「そう。だから断ろうと思ってたんだけど……」


「…………シェリー?」


 突然話が止まり、シェリーが遠くを眺めるような瞳をした。

 どことなく虚にも感じて声をかければ、彼女はハッとする。


「ごめん! …………うん。そう、断ろうとしたんだ。けどそんな時に会ったんだ」


「会った? 誰にですか?」


「……マリー・エンバー」

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