第11話
「そろそろデビュタントの時期ね」
「そうですね」
年頃の令嬢が成人したことをお披露目するデビュタント。特に皇室が主催するデビュタントは、国中が注目するものとなっている。
毎年同じ時期にやるため、そろそろ準備をしなくては。
「ドレスはいつも通りシャルモンにお願いする形になさいますか?」
「ええ。あそこのドレスはいつも素晴らしくて好きなの」
「今回も皇太子殿下とお色を合わせますか?」
「……」
去年までは身につける宝石などの色を合わせていたが、今年はどうするか話していない。
少しでも二人が仲睦まじいように見せるためのものだったが、今年もそれは必要だろう。
他の貴族たちに知らしめなくてはならないからだ。
あなたの娘は、決して皇太子妃にはなれないぞ、と。
これもパトリシアがその地位についてしまえば話しは早いのだが、そうも上手くいかないのだ。
その隙を狙ってこようとする者は多く、牽制は大切である。
「……はぁ」
だがしかし、わかっていても気は重い。彼と顔を合わせることもだし、話をすることもだ。
果たしてこちらの意見を聞いてくれるだろうか。
「ひとまずアレックス様に会いに行くわ」
「かしこまりました。準備を整えておきます」
兎にも角にも話をしなくては。
皇宮へと向かう準備を進めているうちに、エマが全ての手配を終えてくれたらしい。
本当に優秀な女性だと感心しつつ、パトリシアは馬車に乗り向かった。
いつも通りアレックスからの出迎えはなく、今回も待たされるのだろうと思っていたのだが、早々に彼がいる部屋へと案内される。
「帝国の若き太陽、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
「……」
挨拶の返事はなし。まあいつものことかと椅子へと腰を下ろし、お気に入りの紅茶に口をつけた。
なんとなくだが、彼が話したい内容は理解している。
いつ切り出してくるかと内心身構えていると、同じく紅茶で喉を潤した彼から声がかけられた。
「……皇后に会ったらしいな」
「はい。ご招待を受けましたので」
やはりそうだったか。
アレックスにとって皇后は目の上のたんこぶである。
今彼が皇太子でいられるのは彼女がそれをよしとしているからで、クライヴが皇位を狙い始めたら争いになるのは必須であるため、その動向をつぶさに観察しているのだろう。
そんな彼女がパトリシアと会うのを彼は嫌がるのだ。
「なんの用だった?」
「どうということは。日々のことに対する激励をいただきました」
嘘は言っていない。あれは彼女なりの応援だ。
だというのに納得していないのか、アレックスが怪訝そうな顔をする。
「激励? 皇后が君に?」
「ええ。奴隷解放の件について。皇后陛下も奴隷については意見されていましたから」
これも嘘は言っていない。彼女は前々から奴隷制度に否定的で、何度もその話は陛下にしてた。
しかし具体的な政策ができておらず、なかなか話は進まなかったのだ。
「……そうか」
まだ完全に納得はしていないようだが、うまくかわすことはできたらしい。
彼が聞きたかったことはこれなのだから、今度はこちらから話しかけてもいいだろう。
デビュタントの時どうするのか聞こうと口を開いた時、それよりも早く彼が声を発した。
「その場にクライヴはいたか?」
「クライヴ様、ですか? いえ、いませんでしたけれど」
なぜここでクライヴが出てくるのだろうか。
あの場にはもちろんいなかったし、最近は会えていない。
彼は今アカデミーに通っているはずのため、皇宮内でも会うことはほとんどない。
この間の再会もたまたま帰ってきていたタイミングだっただけで、普段からよく顔を合わせているわけではないのだ。
そんなことはアレックスもよくわかっているはずなのに、変なことを聞いてくるなと首を傾げた。
「アカデミーでお忙しいでしょうし、ここ最近は会えておりません」
「…………あれは君に懐いているから、また適当な言い訳でもして付き纏ってないか気になっただけだ」
「そうですか? クライヴ殿下は私を姉のように慕ってくださっているだけですよ」
「……ならいいが」
なぜこうもパトリシアとクライヴが会うことを嫌がるのだろうか。
彼は確かにアレックスにとっては敵とも言えるが、だからといってこんなに警戒しなくてもいいのに。
「それより話があったのでは?」
「あ、そうでした。そろそろデビュタントですので、色々決めなくてはと思いまして」
「……そうだったな」
今年も年若い令嬢たちが期待と緊張に頬を赤らめながらやってくるのだろう。
皇室でのデビュタントとは、そもそも出れる人が厳選されている上に、皇帝皇后どちらにも挨拶する特別な日だ。
皆思い思いに着飾り華やかになるのだろう。緊張と期待を胸にやってくる令嬢たちを見守るのが、彼女たちの未来を担うパトリシアにとっての仕事であり喜びでもあった。
だからその日だけは、せめて仲の良い二人でいたいと思ったのだが、アレックスは徐に立ち上がるとこちらを一瞥する。
「君に合わせる。手紙で色を指定してくれ」
たったそれだけ。
それだけを口にした彼は、その場を後にした。
なんだそれは、と思ってしまう。
幼い頃からパトリシアはこの日を大切にしていて、去年だって一緒に色を決めたというのに。
「……そう。もう、ダメなのかしら……」
なんだか泣きたいくらい悲しいのに、涙すら出ない。ただ呆然と、いなくなる彼の背中を見つめながらそう口にしていた。
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