第三章

第三章 一旦放置

「ねぇ。さすがに修羅場すぎない?」

 

 シェリーの言葉に返事を返せる人は、残念ながら今ここにはいなかった。

 突如として落とされた爆弾は、各々になかなかの衝撃とダメージを与えている。

 

「………………」

 

 アヴァロン王国の教皇の娘にして、ハイネの元婚約者、セシリー・フローレン。

 アヴァロンの聖女とまで呼ばれる彼女が、なぜ他国のアカデミーに通おうとしたのか。

 その理由は、今朝行われた自己紹介にて明かされた。

 

『クライヴ・ローレラン様。わたくしと、結婚してくださいませ!』

 

 つまり彼女はクライヴに会うために、わざわざローレランまでやってきたということだ。

 美しく繊細な見た目とは裏腹に、なかなかの行動力に大変驚いた。

 よりにもよって、元婚約者のハイネの前で告白しなくてもよかったのに。

 ちなみに告白後すぐ教師によって席へ座るよう指示が入ったため、大きな騒動になることはなかった。

 ダメージが大きかったのか、ハイネは周りに人がいないことを確認しそっと空を見上げた。

 

「どーなってんだ」

 

「…………先に言っておくが、俺は彼女と一切関係ないぞ」

 

「だろうなぁ。クライヴがうちの国に来た時は、俺ずっと一緒だったし」

 

 ひとまず落ち着こうと、持ってきていた紅茶で喉を潤す。

 まさかハイネ慰め会が、こんな形になるなんて思ってもいなかった。

 ちなみに二人は紅茶すら手につけられないくらい動揺しているらしい。

 まあ、当たり前かとクライヴの顔を見る。

 真っ青に青ざめた彼の横顔は、悲痛な表情をしていた。

 

「本当に。本当に関係ない……。二人で話したこともない。会う時はハイネとずっと一緒だったし」

 

「大丈夫大丈夫。そこはマジで疑ってないから」

 

「でしょうね」

 

 なにがでしょうね、なんだろうか?

 シェリーの反応に不思議そうにすると、彼女は静かに首を振った。

 どうやら教えてくれないらしい。

 

「じゃあ三人で会ってる時にでも惚れたんじゃない? そんな様子なかったの?」

 

「んー………………………………あった気がする」

 

「あるんかい」

 

 シェリーは突っ込みつつも、呆れたと肩をすくめる。

 

「あんたねぇ……。フラれた理由あんたにもありそうだなと思ってるんですけどそこんとこどう?」

 

「フラれたとか不服だから言わないで。……俺そんな無関心だったかなぁ?」

 

 二人の関係を詳しくは知らないからなんとも言えないが、話を聞いている限りでは確かに少し無関心だったのかもしれない。

 しかしそれとこれとは話が違う気がした。

 同じことを思っているのか、ハイネは思い出すように瞳を閉じる。

 

「んー。……だって本当に、俺たちの間にそういう感情なかったし」

 

「…………そういうもんなの?」

 

「両家の利害のために結婚する場合、感情を伴わないことが多い。だから国王は側室をとるし、皇后だって愛人を作ったりする」

 

「あー……私にはわからない世界だ」

 

 恋愛結婚が多い平民には確かに理解は難しいのかもしれない。

 しかし家が関わってくる政略結婚になると、そういう事柄は多い気がする。

 

「だからってわけじゃないけど、お互いそんな感じ一切なかったから……。でも今思うと確かにやたらクライヴの話聞かれてたんだよなぁ。俺は友だちの話できるの嬉しくってぺらぺら喋ってたからあんまり気にしてなかったけど……」

 

「あんたのそういうところは可愛いなって思うわよ」

 

「ん。ありがと」

 

 クライヴのことを聞かれて、嬉しくなって話しているハイネの姿は容易に想像できた。

 きっと彼は良かれと思ってやったことだろうが、そのせいでこんなことになるとは。

 当事者であるクライヴはずっと頭を抱えている。

 

「仮にも友人の元婚約者だぞ? 色々気まずすぎるだろ」

 

「兄の元婚約者はいいの?」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

 なにか聞こえた気がするけれど、あまり突っ込まない方が良さそうだと気づかないふりをした。

 パトリシアには聞こえていないと思ったのか、クライヴはそのまま話を進める。

 

「ひとまず話をしなきゃとは思うんだが……会いたくない」

 

「まあクライヴからしたらそうだよなぁ……。ちなみに俺も会いたくない」

 

「じゃあ無理じゃない」

 

 誰一人として話を聞きに行くことはできないようだ。

 パトリシアは落ち込む様子の二人を見つつ、初めて会ったセシリーのことを思い出す。

 本当に綺麗な人だった。

 あんな人に想いを寄せられて、嬉しくない人なんているのだろうかとクライヴを見つめる。

 彼の気持ちを疑うわけではないが、少しくらい気分良くなってもおかしくはない。

 しかし……。

 

「俺これ断って、アヴァロンとの関係悪化とかしないよな……?」

 

「教皇はブチ切れるかもしれないけど、国は関係ないからなぁ。さすがに国がらみでどうこうはならんと思う。てか俺がさせない」

 

「…………ならいい」

 

 どうやらクライヴは断るつもりらしい。

 彼は深くため息をつくと、珍しく芝生の上に寝転んだ。

 

「めんどくさい……」

 

「…………面倒、なんですか?」

 

 ぽつりとつぶやかれた言葉に思わず反応してしまうと、それを聞いたクライヴと目が合う。

 彼は不思議そうにこちらを見てくる。

 

「好意を向けられるのは嬉しいとは思うけど、応えられないからやっぱり面倒だと思うよ。断るのも精神的にくるし……」

 

 そうか。

 断る前提なのかと彼の言葉を噛み締める。

 もちろん彼のことを信用していないわけではないし、誠実な人だとは思っている。

 けれどここまでしっかり断ると口にしてくれると、なんとなく安心できる心もあって……。

 さすがにここまできて、気づかないほど愚かではないとパトリシアはそっと己の胸元を抑える。

 少しずつ少しずつ、前に進んでいるのだ。

 自分も夢も恋も。

 

「ま、とりあえずは向こうの出方を見るよ。下手に騒いで周りにうるさくされても嫌だし。……他にやること多いし」

 

「あんまり長く放置するとそれはそれで面倒になる気がするけど……」

 

「俺ももう少し心にゆとり持ってから動くようにするぅ」

 

 みんな少しだけ時間が必要だという答えにいきついたらしい。

 何事も時間が解決してくれることもあるよなと、パトリシアもまた己の心と向き合った。

 

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