憧れの騎士
学園への申請に、家への連絡。
荷造りなどを済ませていたらあっという間に一週間が過ぎた。
そして当日。
パトリシアは荷物を手に学園の裏口へときていた。
そこには見送りに来たハイネと、明らかに不機嫌そうな顔をしているクライヴ、シェリー。
そしてキラキラした瞳で今か今かと待ち構えているクロウがいた。
「おはようございます」
「おはようございます、フレンティア嬢! 今日からよろしくお願いします!」
「あ、はい……。よろしくお願いします」
なぜここにクロウがいるのかといえば話は少し前に遡る。
あの時、カフェテリアでこの話をしていたのを聞きいたクロウは、自らの憧れの存在であるセシル卿がやってくると知り、いてもたってもいられなくなったらしい。
この一週間ほぼ毎日クライヴに頼み込み、パトリシアに土下座をし、旅の同行を願い出たのだ。
最初はクライヴもパトリシアも無理だと断っていた。
人数が多くなればなるほど一人当たりの守りは薄くなるし、騎士たちの負担も増える。
だから無理だと伝えると、今度は自分がいかに役立つかという資料を作り上げ提出してきたのだ。
(ちなみに実際に作ったのはロイドらしい)
確かに彼は騎士選択者として優秀な成績を収めているし、今回のことはいい実践になるだろう。
とはいえ仮にも伯爵家の令息を連れていくのは……と悩むクライヴに、クロウは握り拳を作りながら告げた。
「遺書書きます!」
そういうことじゃないと宥めたのは記憶に新しい。
だがまあ、そこまでの意気込みならと半ば諦めたクライヴは、学園への申請を出してあげたのだ。
ちなみに理由の一番はあまりにもしつこかったかららしい。
夜遅くまで部屋の前にいて朝早くに部屋の前に来ていたらしく、おはようからおやすみまであいつの顔を見るのは嫌だと青ざめた顔で言っていた。
そんなわけで急遽追加されたクロウの計四人で行くことになり、今は荷物を馬車に乗せている最中である。
「はぁー……。貴族はいい馬車に乗るのねぇ」
「一応皇宮から出てる馬車だからな」
「ちなみに皇族が乗るものはもっとすごいですよ」
「はぇー」
どうやらシェリーの空いた口が塞がらないらしい。
一日もかからず着くため、今回の馬車は一台だけだ。
「ルージュは馬で行くんでしょ?」
「もちろん。俺のことは末端の騎士だと思ってください」
本当は馬車でと言ったのだが、彼は騎士として行くのだと断固として譲らなかった。
クライヴからもそれならそれのほうがやりやすいと、彼は他の騎士たちと同じ扱いにするらしい。
そんなことを話していると、馬の蹄の音がし始める。
「――!」
途端にキラキラと光出すクロウの瞳。
彼に尻尾が生えていたのなら、ぶんぶんと勢いよく振られていることだろう。
まあそんな反応も仕方ないよなと、出迎えるため前を向く。
憧れの人との対面というのは、天にも昇る気分なのだろう。
きっと彼にとって今日は忘れられない日になるのだろうなと嬉しそうな横顔を見ていると、馬の足音はどんどん小さくなりやがて目の前で止まる。
極力土埃を立てないようにする、彼らの気遣いからの動きだ。
やはり変わらないのだなと、目の前で馬から降りてくる男性を見つめる。
「――お久しぶりです、セシル卿」
「……また、お会いできて嬉しく思います。パトリシア様」
彼は慣れた様子で膝を折ると、パトリシアに向かって頭を下げた。
その彼に向かって手を差し出せば、手の甲に敬愛のキスをされる。
彼と会う時はいつものことなのに、少しだけ懐かしさを感じてしまう。
それほど、離れていたということか。
すぐに立ち上がった彼は、クライヴにも頭を下げる。
「クライヴ殿下。お待たせいたしました」
「いや。むしろわがままを言って申し訳ない」
「私を呼んでくださったこと、とても嬉しく思います」
「…………爽やかだ」
シェリーが後ろでボソッと言った言葉にひっそりと頷く。
セシル卿のいいところは爽やかなところだ。
一緒にいて清々しく、一緒になって笑顔になってしまう。
元とはいえ、自分の騎士だったことを誇りに思っている。
そんな彼がついてきてくれることに感謝しつつ、そういえばクロウはどうしたのだろうかとチラリと見てみた。
「……」
「…………」
ガッチガチに緊張していた。
あんなに嬉しそうにしていたのに、本人を前にしたら表情筋が固まってしまったらしい。
ただ彼の一挙手一投足まで見逃さないように観察しているのは眼球の動きで分かった。
まあ憧れの人を前にして通常通りでいられない気持ちもわからなくはないので、手助けをしてあげることにした。
「セシル卿。こちらクロウ・ルージュ様です。現在の騎士選択者では一番をとっています」
「おや。では私の後輩ということですね」
「ひゃいっ!」
「……こいつ」
シェリーがドン引きした顔をしていたので、そっと後ろに隠した。
確かに彼のこんな姿は見たことがない。
それだけセシル卿に憧れていたのだろう。
そんな人の仕事を間近で見れるのだから、彼は幸せ者だ。
「一緒に頑張りましょう。見て覚えることもたくさんありますから」
「……はぃ」
恋する乙女みたいに返事をしたクロウは、セシル卿に従順に付き従う。
彼の後ろをひょこひょことついていく姿はまるで雛鳥のようだった。
「…………まあ、あいつが幸せならそれでいいんじゃない?」
「……そうですね」
とりあえず彼のことはセシル卿に任せようと、パトリシアは見なかったことにした。
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