終わりを伝える手紙
「俺はお前を選ばない。だからお前が皇太子妃になることは絶対にない。簡単なことだろう?」
冷めたな、と一言呟いたクライヴは、ミーアのそばで目を光らせているセシル卿へ声をかけた。
「セシル卿。侍女に新しい紅茶を運ぶよう伝えてくれ」
「お、なら俺が持ってきた紅茶をって伝えてください。パトリシア嬢のためにって、アヴァロンから薔薇の紅茶を取り寄せたんです」
「かしこまりました。ついでに茶菓子も追加しましょう。美味しいチョコレートケーキを用意しておりますので、パトリシア様にお喜びいただけるかと」
「あ、ありがとうございます……」
今そんなことを話している場合じゃないと思うのだが……。
と心の中で言いつつ、みんなパトリシアのためにとやってくれているのだろうと感謝を述べた。
皆を誑かす役をやるため、そう見えるように演技してくれとは頼んでいる。
ちゃんと演じてくれていてすごいなと感心しつつ、あとでちゃんとお礼を言っておこうと心の中で決めた。
すぐにセシル卿が廊下で待機をしている侍女に声をかけ、紅茶の準備をさせる。
侍女が往来し始める部屋の中は機密が守られているようには思えない。
クライヴの方を見て大丈夫なのかを視線で訴えれば、彼はにこりと微笑んだ。
「お前は兄上についていくほうが、よほど幸せな余生を送れるよ? なんだかんだ兄上は甘いから、優しいだろうしね」
そこに愛はなくても。
とボソリと呟いたのに気づいたのは隣にいたパトリシアだけだろう。
クライヴはテーブルに置かれた新しい紅茶を手に持つと、美しく優しい笑顔をミーアに向けた。
「お前が皇宮にいて無事でいられると思う? 皇太子妃様って呼ばせてるの知らないと思う? そんな女が落ちるところまで落ちて幸せでいられると思ってるの?」
すっと顔から表情をなくしたクライヴは、鋭い瞳をミーアに向けた。
「俺が許すと思う? お前は何度もパティを傷つけた。兄上の元にいれば無事生きていられるけど、この皇宮にいて五体満足でいられると思うなよ」
鋭すぎる瞳は、まるで親の仇を見るかのように冷たい。
強すぎる彼の雰囲気に気圧されたのだろう。
ミーアは膝から崩れ落ち、軽く過呼吸を起こしているようだった。
さすがにこの場で倒れられるのはと、パトリシアはそっとクライヴの手に己の手を乗せる。
「ありがとうございます、クライヴ様。ですがもう……」
「…………パティがそういうのなら」
はあ、と大きくため息をついたクライヴは、不完全燃焼だと顔に出しつつも引いてくれた。
そんなクライヴに感謝を伝えるため繋がる手を軽く握りつつ、パトリシアは小刻みに震えているミーアを見る。
「………………ミーアさん」
思えば不思議な縁だった。
彼女がいなければパトリシアは婚約破棄もせず、今もアレックスの隣で無理をして笑っていたことだろう。
アカデミーに行くこともなく、ハイネやシェリーと出会うこともなかった。
クライヴとこうして、手を取り合う関係にもなれなかったことだろう。
だからある意味では感謝している。
きっとミーアという人は、パトリシアにとってなくてはならない存在だったのだ。
己が未来のために。
今ならそう思えるからこそ、彼女には変わりゆく世界を受け入れて欲しいとも思う。
「どうするかはあなたが決めてください」
「…………ひどい……こんなっ」
「嘆くだけなら誰だってできます。あなたはもう、それをしてきたはずです。なら次は前を向きなさい」
「………………、全て持ってる、パトリシア様にはわからないんです。なにも持っていない、私の気持ちなんて……」
「こいつ、」
クライヴが今度こそ立ちあがろうとしたのをなんとか止める。
不服そうな顔でこちらを見てきた彼に、そっと首を振った。
これ以上なにかを言ってあげる必要はない。
まだ己の境遇を嘆き続けるのなら、彼女の行く末は決まっているようなものだ。
転がり落ちるか這い上がるか。
それを決めるのは、ミーア自身でないといけない。
「…………アレックス様。ミーアさんを」
「……わかった」
アレックスに手伝われて立ち上がり、ミーアは部屋を出ていく。
このあとはもう、パトリシアが手伝う必要はない。
二人で話し合いをして、今後を決めていかなくては。
ひとまずミーアの件は終わったなと軽く一息をついて、改めて視線を彼女へと向けた。
「…………セシリー様。どうなさるおつもりですか?」
「…………」
まだ問題は残っている。
その最たる存在であるセシリーは、怖いくらいただ静かにことの成り行きを見守っていた。
そんな彼女に声をかければ、痛いくらいの視線を向けられる。
「どう、とは? なにも変わりませんわ。わたくしはわたくしのしたいようにします」
「いい加減にしろよ。お前、今どういう状態だかわかってるのか?」
「…………ハイネさんには関係のないことです! わたくしはここで夢を叶えるのです! ……そのためならなんだってしますわ」
それだけ言うと、セシリーは踵を返して部屋を出て行った。
明らかに焦っているのに、なんとか冷静を装っている。
それが見てとれるからこそ、その姿を見て嫌な予感が頭をよぎった。
前にハイネが言っていた通り、下手に追い詰められておかしなことをしなければいいのだが……。
いろいろありすぎてはぁ、と大きくため息をついたパトリシアに、様子を見ていたハイネが声をかける。
「……すいません。あいつ本当に、迷惑しかかけてないなぁ」
「本当にな」
「いえ……その……はい」
そんなことないとは流石に言えずに頷けば、ハイネのほうもなんとも言えない顔をしていた。
彼はがしがしと頭をかくと、あーあと声を出しながらソファーに寝転がる。
「あいつ本当に状況わかってなさそうだな……」
「……? 流石に理解はされているのでは? だからこそ焦っていたのでしょうし」
「…………いや、違うんですよ」
腹筋を使って起き上がった彼は、懐から一枚の手紙を取り出した。
そこにはアヴァロンの蝋印がされており、王宮から届けられたことがわかる。
差し出された手紙を受け取り中を確認すれば、そこにはクロエの名前が書かれていた。
「……これは?」
「姉様から。アヴァロンでいろいろあったみたいで……」
「アヴァロンで? 一体なにがあったって言うんだ?」
許可を得て手紙をクライヴと共に読みながら、ハイネの話を聞く。
内容を聞いているうちに、パトリシアはそっと瞳を細め横へと視線をずらす。
「……それは、」
「…………まあ、そうなるよな」
手紙をハイネへと返しながら思う。
終わりとは唐突にやってくるのだな、と。
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