可愛らしい彼女の本音

 ミーアの叫びに、この場にいた全ての人が驚いたと思う。

 特にパトリシアは、今言うことか?

 という感想を持ってしまった。

 まあ彼女からしてみれば大問題なのだろう。

 元とはいえ婚約者であるパトリシアが、こうしてアレックスの隣に座っているのが耐えられないのだ。

 ちらり、とうずくまるミーアを見る。

 美しいドレスに輝かしい宝石たち。

 可愛らしいミーアに似合ってはいるが、どこかチグハグな装いにふむ、と口元を艶やかな扇で隠す。

 似合っているが合っているとは思えないドレスは、たぶんセシリーのお下がりなのだろう。

 元々アレックスから送られていたドレスたちは、没収されたのちに下女へと落とされ、ほとんどなにも持っていない状態で客人扱いへと戻された。

 その後必要最低限の生活は保証されているものの、アレックスが会いに来ないから新しいドレスも買えなかったようだ。

 それでも愛しい人に会えるからと、セシリーにドレスまで借りてやってきたのだろう。

 健気だとは思うが、しかし愚かでもある。

 パトリシアはすっと瞳を細めると、アレックスの方へと体を傾けた。

 彼の耳元まで顔を近づけると、他の人に聞こえないように声を顰める。


「これ以上は彼女にとってもよくないことです。ひとまず、作戦通りに……」


「――近づかないでってば!」


 泣きながら立ち上がったミーアはその勢いのまま、パトリシアのほうへ掴みかかろうとしてきた。

 突然の行動に動くこともできなかったパトリシアの前にクライヴが庇う形で現れ、ミーアの腕をセシル卿が掴んで取り押さえる。

 騎士に取り押さえられては普通の人では動くことはできない。

 バタバタと取り押さえられていない足をばたつかせながら、ミーアは顔だけを上げた。


「アレックス様! どうしてこのようなことをなさるのですか!? 私がなにをしたっていうんですか!? どうして……どうしてこんなことを――っ!」


 ボロボロと泣き叫ぶ彼女の様子は常軌を逸しており、なにも知らないものが見たのならばただただ恐ろしいだけの光景だろう。

 実際詳しくは知らないハイネは、顔を歪めつつミーアの行動を見つめている。

 だがしかし、パトリシアは彼女の行動の理由を理解していた。

 本当は辛かったのだろう。

 会いにきてくれない彼のことを信じて待つしかできない、己の境遇を嘆いたことだろう。

 彼女の今までを考えれば、こうやって爆発してしまう理由もわからなくはない。

 わからなくはない、が。


「嘆くだけはおやめなさい。あなたがなにもしていない結果がこれなのではないのですか?」


「――……」


「皇太子妃になりたいというのなら、それに伴うだけの教養を身につけようとなさいましたか? ただ受け身になろうとしているだけの人に、望むものが与えられると本気で思っていたのですか?」


「…………だって…………アレックス様がっ。私はそばにいるだけでいいって」


 それは恋人だったときの話だろう。

 いや、側室であってもそうかもしれない。

 ただ皇太子妃になりたいのなら話は変わってくる。

 それがわからないのなら、初めから無理な話なのだと諦めて欲しいものだが……。

 大きくため息をつくと、隣にいるアレックスへと視線を向けた。


「アレックス様。こうなったのはあなたにも責任がございます。……終わらせてください」


「…………わかっている」


 沈痛な面持ちをしたアレックスは、立ち上がるとミーアの元へと向かう。

 それを見たセシル卿が彼女から手を離し一歩引いた。

 自由になったのにも関わらず、うずくまる彼女の前でアレックスが膝を折れば、ミーアは喜びに顔を綻ばせた。

 素敵な光景。

 まるで絵本の中の王子さまとお姫様みたいで、これだけなら美しいエンディングなのに。

 この後のことを思うと、とてもそんな気分では見ていられなかった。

 アレックスはミーアの涙を拭うと、そっと彼女を立たせる。


「ミーア。聞いてくれ」


「――はい、アレックス様っ」


 泣いて赤いのか、はたまた高揚の証なのか。

 ほんのりと染まった目元でアレックスを見つめるミーアに、彼は強く眉間に皺を寄せつつ意を決して告げる。


「――私は皇太子の座を退く。この皇宮を出て地方へと母と共に移り住む。……これは決定事項だ」


「……………………はい? なにを…………いって、いらっしゃるの……ですか?」


「皇太子にはクライヴがなる。私はもう、ここにはいられない。君がどうするかは君が決めろ。一緒に行くか……ここに残って下女として働くか。……共に行っても使用人はほとんどいないからな。働くことにはなる」


「……………………」


 アレックスと共に行くとしても、使用人たちは数人しかおらず、彼らはアレックスとその母親の世話をするだけだ。

 とてもじゃないがミーアの相手まではできないだろう。

 ここに残ろうとも下女として働くことになり、さらには散々皇太子妃と呼ばせていた者たちよりも下の位になってしまうため、共に地方へと行った方が幾分かマシなはずだが、そのことに気づいているかはわからない。

 彼女はどうするのだろうかと見つめていると、ゆっくりゆっくりとミーアの瞳が大きく見開いていく。


「…………………………なに…………言ってるの? 皇太子の座を降りる……? 頭、おかしいんじゃない?」


「ミーア……」


「あんたが皇太子じゃなかったらなにが残るってのよ!? 誰が……使えもしない男についていくと思ってんのよ! 私はここに残って皇太子妃になるの! 奴隷からこの国で一番偉い女になるのよっ!」


「それは無理だろ」


 荒ぶるミーアを止めたのは、優雅に紅茶を飲むクライヴの一言だった。

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