さよならバイバイ
式は滞りなく行われた。
急いでいたこともあり各所簡略化した部分もあれど、可能な限り他国から人を招いたりと盛大なものとなった。
もちろんパトリシアも参加していた。
公爵令嬢としてではなく、カーティスの後継者として。
近しい人たちに認知されはじめ、慌ただしい日々を送っている。
そんなある日だ。
クライヴのお祝いとさまざまな問題を解決するためやってきていたクロエが、帰国することになった。
「いろいろお互い大変ですね」
「そうですね。ですが僕は後悔していませんよ。そちらは?」
「俺もです」
クロエの見送りにクライヴが自らやってきたのは、もちろん知り合いだというのもあるが、内乱一歩手前までいってしまっているアヴァロンと、関係が友好であると周りに知らしめるためでもある。
そんな場所にパトリシアもいるのは、クロエたっての希望だからだ。
「僕の白百合。ローレラン滞在中、相手をしてくれて本当にありがとう。数日しかいれなかったけれど、リフレッシュになったよ」
「こちらこそ。クロエ王女殿下と過ごせて、幸せでございました」
共にいた間にたくさんのことを聞いた。
彼女は今、その実権をハイネへと譲ったらしい。
彼に指示を取らせ、自らは一歩後ろにいるのだと。
これは内緒だよ、とパトリシアにだけ教えてくれた。
『全てはあのおバカな弟のためなんだ』
ハイネは優秀だ。
だからこそ彼が王となるのを否定するつもりもなければ、自らが打って変わろうなんて思ったことはない。
けれどたまにいるのだ。
クロエに王位を与え、その配偶者を王としようとする者が。
蹴散らせど蹴散らせど出てくる愚か者たちを一掃しつつ、弟の背負うものを少しでもなくしてあげたい。
今回の騒動はそんな思いが半分、あとは純粋に教皇が許せなかった思いが半分で実行に移したようだ。
『どうせあのバカが教皇がしていることを知ったら、真っ正面からぶつかるとわかっていたからね。ならあいつが王位を継ぐ前に、やってしまおうと思ったのさ。父上には悪いことをした!』
そうカラカラとした笑い声を上げる彼女は、ただ弟を心配する優しい姉だった。
そして今、彼女は一歩下がったところで彼の行動を見守っているらしい。
自分の立ち位置はここなのだと、全国民に知らしめるために。
「落ち着いたらアヴァロンに遊びに来てくれ。――もちろん、二人で」
「――…………、」
二人で、のところだけ耳元で囁かれたのだが、たぶんクライヴと、ということだろう。
いつ知ったのだと驚いて顔を見れば、クロエは楽しそうに笑った。
「あわよくばうちの弟とでも思っていたんだが。僕の白百合が妹になるならこんなに幸せなことはないんだけれど……」
「無理です」
周りにいる人に聞こえないように話してはいるが、クライヴの表情が一瞬で変わったので分かる人にはわかる内容かもしれない。
彼の反応に満足したのか、クロエはふと表情を変えて自らの背後にある馬車へと視線を移した。
「……最後に顔を合わせるかい? 君たちには彼女に……それこそ、罵声なりを浴びせる資格はあると思うが」
「……」
ちらりとパトリシアもまたその馬車を見た。
皇族王族、果ては貴族たちが乗る馬車とは違う、なんの飾り気もない、小窓すら小さく鉄格子の付いているそれにセシリーが乗っている。
クロエの方もなかなか手が空かず、結局迎えに来れたのが祝いの席のついでだった。
その間ずいぶん暴れたらしい。
最初はここから出せと、クライヴやミーアを呼べと叫んでいたようだ。
しかし誰からも相手にされず、次第に怒りをあらわにし暴れ回ったらしい。
出された食事はことごとく投げ捨てられ、フォークやスプーンを渡すのは危険だと、最後には手で食べられるパンやフルーツだけになった。
その辺りから暴れるだけの体力がなくなり、今日はおとなしくこの馬車に乗り込んだようだ。
「…………いいえ、会いません。言いたいことは言いましたので」
もう伝えることはなにもない。
あとは彼女自身がどうするか決めるべきだ。
それにきっと、彼女の方は会いたくないだろう。
特にクライヴには。
今でも彼に想いはあるのだろう。
そんな人にボロボロの姿を見せたくないという乙女心はわからなくはない。
「…………そうか。優しいね、僕の白百合は」
「俺もどうでもいいので」
「君はもう少し優しさを見せるべきだね」
まあこれがクライヴかと肩をすくめたクロエは、パトリシアへと近づくと優しく抱きしめてくる。
彼女の背中に手を回せば、少しだけ力が込められた。
「無理はしないで。なにかあったら、アヴァロンにくるといい。僕が必ず君を守る」
「ありがとうございます。クロエ王女殿下こそ、どうぞお気をつけて」
そっと離れたクロエは、パトリシアの手をとると指先に優しく唇を落とす。
そのまま踵を返すと、愛馬に跨り部下たちを振り返った。
「それでは世話になった。また会おう」
「ええ。必ず」
去っていくクロエの背中と、セシリーが乗っているはずの馬車を見る。
彼女はこのまま母国の地を踏むこともなく、見知らぬ国の修道院に入れられるのだろう。
辛いことも多いだろうが、少しでも前に進んでくれたらと思う。
「パティ、戻ろう。やることが山のようにあるし」
「――はい」
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