心配の種が減る

 学園から帰ってきたパトリシアは、目まぐるしい日々を送っていた。

 カーティスの後継として様々な人と関係値をつくり、彼のおこなっていた仕事をパトリシアの独断で押し進めていく。

 もちろん最終確認はしてくれているけれど、カーティスから指示は飛んでこない。

 緊張感と高揚感で毎日忙しくしているパトリシアの今の主な仕事は、クライヴが皇太子となる式典の準備だった。

 まさか最初の大きな仕事が彼のためのものなんて、面白い運命だなと思いながら、足を早めて皇宮内を動き回っている。


「フレンティア様。こちらどうしましょう?」


「これは……。入口の方でお願いします」


「フレンティア様、こちらは?」


「それは会場奥、左のほうに」


 本来ならば宰相がやることではないのかもしれない。

 しかしカーティスがやっていたことを、パトリシアがやらないわけにはいかないのだ。

 むしろ彼よりもさらに上手く、早く、正確にできるようにならなくては、周囲から彼の後継として認めてはもらえないだろう。

 それにクライヴの晴れ舞台だ。

 その場所をパトリシアが整えられるなんて、こんなに嬉しいことはない。

 体と脳は悲鳴を上げつつも、心だけはウキウキしている状況で動き回るパトリシアに、一人の侍女が声をかけた。


「フレンティア様。クライヴ殿下がお呼びです」


「――クライヴ様が?」


 彼だって当事者として忙しくしているはずなのに、いったいなんの用だろうか?

 首を傾げるパトリシアを連れて、侍女が皇宮内を歩いていく。

 皆が皆忙しなく動いているけれど、その表情はどこか明るい気がする。

 彼が皇太子になることを祝ってくれる人が、少しでも多いといいなと思う。

 案内されるがままついていくと、とある部屋の前までやってくる。

 護衛の騎士たちに軽く声をかければ、中へと入室許可を求めてくれた。


「入って」


 クライヴから声がかかると思っていたのに、聞こえてきたのは女性のものだった。

 あれ、と不思議に思いつつも部屋へと入り頭を下げる。


「パトリシア・ヴァン・フレンティアが参りました」


「久しぶりね、パトリシア」


「皇后陛下……。失礼いたしました。帝国の月、皇后陛下にご挨拶申し上げます」


「かしこまらなくていいのに……。ありがとう、頭を上げて」


「ありがとうございます」


 頭を上げれば皇后がソファーに腰掛けていた。

 彼女は優雅に紅茶を飲みつつ、訪れたパトリシアに微笑みを返す。


「さあさあ、そんなところに立ってないで座って。ふふ、パトリシアとお話したいと思ってたのよ」


「……ありがとうございます」


 なんだか以前とは少し違うように見えるのは気のせいだろうか?

 萎縮するような雰囲気は消え去り、ニコニコとしている皇后はとても楽しそうだ。

 なにかいいことでもあったのだろうかと見つめていると、カップをテーブルの上に置いた。


「もう本当に嬉しいのよ私」


「なにかあったんですか?」


「あらあら。うふふ」


 本当になんなのだろうか。

 この雰囲気的にパトリシアが関係しているのだろうが、全くもってわからない。

 どう反応すべきかあわあわとしていると、そんなパトリシアを見て皇后は楽しそうにしている。


「クライヴのこと、よろしくね」


「――あ、………………はぃ」


 なるほどそういうことか。

 クライヴとの関係を聞いたらしい皇后は、嬉しそうに置かれているケーキへ手を伸ばした。


「本当にね、嬉しいのよ。あの子の気持ちを知ってはいたけれど、それを叶えてあげることはできないと思ってたの。なのにいつのまにか二人がそういう関係になっていて……いつまでも子供じゃないのねぇ」


「……あの、その……申し訳ございません」


「あら、なぜ謝るの?」


「その……皇后陛下はクライヴ様のお相手を探しておられましたので…………」


 クライヴの相手をかなり慎重に探していたはずだ。

 彼の気持ちを理解しながらも、それを叶えてあげることはできない。

 だからせめて共に歩く人は、最高の存在をと。

 それを結局パトリシアが奪ってしまったことになるのだからと申し訳なさそうにしていると、皇后は声を上げて笑った。


「あなた以上にクライヴを任せられる人なんていないわ。私は二人を応援してます。だからよろしくって言ったのよ」


「……皇后陛下」


「幸せになりなさい。二人の子供、楽しみにしているわ」


 早く孫を見せてね、なんて言われては流石のパトリシアも頰が赤く染まる。

 話が飛びすぎてないかと焦るパトリシアの耳に、呆れたようなクライヴの声が聞こえてきた。


「母上。パティを困らせないでください」


「あら、終わったの?」


 がちゃりと音を立てて、隣の部屋からクライヴがやってくる。

 彼は正装をしており、一目で式のための服を仕立てていたのがわかった。

 基本の色は黒。そこに金色の縁取りがされており、派手さはないものの彼の清廉な性格を表しているように思える。

 アメジストだろうか、宝石が胸元に光っていた。


「もう少し派手にしたらどう? それこそ白とか……」


「変える時間ないよ。好きにしていいって言ったの母上だろ」


「でも……」


「この色味が好きなの。パティっぽいでしょ?」


 確かに言われてみればそうだ。

 黒い髪とアメジスト色の瞳を持つパトリシアと、似たような色味である。

 だからその色を選んだのかと驚くパトリシアの隣で、皇后がにやりと笑う。


「あらあら。お熱いことで。これは思ったよりも早く孫が見れそうねー」


「はいはい。ソーデスネー」


 皇后はどこまで知っているのかわからないため、曖昧な反応しかできそうにない。

 そんなパトリシアに気づいたのか、クライヴはその場で軽く回って服装を見せてきた。


「どう? これでいいかな?」


「素敵だと思います」


「パティこういうの好き?」


「え? はい、好きですが……」


「おっけい、ならこれで決めよ。パティに最終確認して欲しかっただけなんだ。忙しいのに呼んでごめんね」


 どうやらこのためだけに呼んだらしい。

 彼だって忙しいだろうにと思いつつも、まあ会えたのが嬉しいのでなにも言わないことにした。

 ソファーから立ち上がると、彼の元へ行き少しだけ乱れている髪を軽く整えてあげる。


「――始まりますね」


「…………そうだね」


「気分はどうです?」


「最高だよ。――見ててね」


「もちろんです」


 離そうとした手を掴まれる。

 真剣な眼差しが真っ直ぐにむけられて、パトリシアはなにも言わずに頷く。

 きっと彼なら大丈夫だ。


「頑張ってください」


「うん。一緒に、頑張ろう」






 そしてクライヴが皇太子となることが、全世界に向けて発表された。

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