それは大切な、大切な約束

「なーんか、会うたび会うたびすごいことになってるわね」


「そうですね……」


 久しぶりの学園で、パトリシアはシェリーと二人いつもの人気のない場所でお茶会をしていた。

 普段ならここにクライヴとハイネがいるのだが、残念ながら今はいない。

 ふたりともしばらく学園へは帰ってきていないようだ。

 寂しい思いをさせたと謝れば、シェリーはなんとも言えない顔をした。


「それがねぇ……。どうもエヴァンスたちもいないみたいで、マリーが暇してよくくるのよ」


「まあ、そちらも面白いことになってますね」


「……面倒なだけよ」


 なんだかんだと面倒見のいいシェリーのことだから、きっと悪いようにはしていないのだろう。

 一人でいたわけではないのなら安心だと一息つく。


「それにしてもセシリーさん、とんでもないことになったわね。いや、とんでもないことをしたというべきか」


「……教皇は無事捕まり、その一派も捕えられたようですので、思ったよりも内乱は小さく済みそうだとハイネ様のお手紙で書かれておりました」


「なるほどね。ならなおさらセシリーさんが国に帰るわけにはいかないわね。新しい信仰元にされたら意味ないし」


 今はまだアヴァロン自体も忙しく、セシリーの迎えは来れていない。

 彼女は未だ薄暗く寒い牢獄の中だ。


「おバカだとは思ってたけどまさかそこまでとはね。流石に庇いきれない」


「そうですね」


 もう彼女と会うことはないだろう。

 最後に話すべきかとも思ったけれど、クライヴに止められた。

 どうやら牢屋でも暴れているらしく、見張りをする騎士たちも参っているようだ。

 彼女の身柄は無事にアヴァロンへ届けなくてはならないため、今は拘束されているらしい。


「修道院に行くんだっけ? 大変そうだけど……でもある意味よかったのかもね。父親とは完全に離れられるわけだし、少しは現実ってやつを見れるんじゃない?」


「……そうですね。いい方に進めばいいですが」


 とはいえ彼女の今後をパトリシアが知ることはない。

 もう関わることはないはずだと紅茶を口に含めば、同じように一口飲んだシェリーが軽く肩をすくめた。


「ま、セシリーさんの話は終わったんだからいいか。それより問題はクライヴ殿下ね。……辞めるのね、アカデミー」

 

「……ええ」


 クライヴはこのまま、アカデミーを辞めることになりそうだ。

 本当は卒業までは通うつもりだったが、皇帝の体調が

 思わしくないことや、予定よりもアレックスを支持していた貴族たちの反発が大きかった。

 諸々に対応するためにも、アカデミーを辞めることを彼は選択したのだ。


「ハイネもかなり忙しそうだし、下手したら半年は帰ってこれないって」


「国の問題に、王太子が傍観はできませんから」


「ほーんと大変そう。パティも」


 急に話題が飛んできて驚いていると、そんなパトリシアを見てシェリーが腕を組んだ。


「国関係の問題って本当に大変そうだなって、あなたたちを見てると思う。……でも、だからこそ体験してみたいと思うのよねぇ」


 どういう意味だろうかと小首を傾げれば、彼女は腕を上げて伸びた。

 さわさわ音を鳴らしながら爽やかな風がほおを撫で、少しだけ乱れた髪を直しながらシェリーは口を開く。


「決めた。ねぇ、パティ。私、アヴァロンに行くよ」


「――え?」


「もともと話があったの。クライヴ殿下とパティがいない時、ハイネから暇してるくらいならうちにきて学ばないかって。アヴァロンのほうがまだ女性が仕事をするのに否定的じゃないから、学びやすいだろうってさ」


「シェリー……」


「置いてかれるのも、一人で何もできないのも嫌。なら動くしかないっしょ! って」


 シェリーはグッと拳を握ると、鼻息荒く空を見上げる。

 その瞳はキラキラと輝いており、彼女のやる気の強さを感じた。


「アヴァロンでたくさんのことを学ぶわ。やれることは全部やってやる。――パティとの約束のためにもね」


「…………シェリー。本当にいいんですか?」


 不安な心を隠すことができず聞いてしまえば、彼女はきょとんとした後瞳をスッと細めた。

 明らかに怒っている表情に、パトリシアはハッと背筋を伸ばす。


「あのねぇ。これは私とあなたの約束なの。一方的じゃないの、わかる?」


「わ、わかります!」


「わかってるならそんな言葉でないわよ。片方だけが望んでいることじゃないって、一体いつになったらわかるわけ?」


「すいません……」


 しゅんとしつつ頭を下げれば、シェリーは鼻から勢いよく息を吐き出した。


「胸を張りなさい。ここから先は、そういう虚勢も必要になってくるわよ」


「……はい」


「あなたには味方がたくさんいるんだから、全力で行きなさいな。尻拭いは任せなさい」


「――はいっ」


 話は終わり、と手を叩いたシェリーは、そのままクッキーに手を伸ばす。

 これから先、しばらくは忙しくて会えない日々が続くだろう。

 寂しいけれど、でもお互いのためなのだとそんな思いは飲み込んだ。

 やりたいことをやる。

 そのための別れなのだから、決して悲しいものではない。


「アヴァロンってなにが美味しいのかな?」


「ハイネ様に案内していただけるのでは?」


「えぇ……。王太子と一緒とか、なんか高いところ連れてかれそうでやだなー」

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