作戦を練る

 なにやら不穏な動きを感じていたある日のこと。


「パトリシア様……」


「こんにちは、セシル卿。いかがなさいました?」


 皇宮の廊下を歩いていた時のこと、なにやら沈痛な面持ちで前からセシル卿がやってきた。

 彼は明らかになにか話したいことがある様子なのに、口を開いては閉じを繰り返している。


「…………どうかいたしましたか?」


「…………すいません。どこか人気のないところへお越しいただくことは可能ですか?」


 どうやら人に話を聞かれたくないことらしい。

 こくりと頷けば彼は踵を返し、足を進めていく。

 そんなセシル卿の後ろをついていけば、馬小屋などがある皇宮の端っこへとやってくる。

 彼はそこについてから念入りに人がいないかを確認し、険しい顔のままパトリシアと向き合った。


「パトリシア様のことで噂が流れているのはご存知ですか?」


「噂?」


 なんのことだろうか?

 噂話くらいならむしろよくされていたから、一体どれのことだと片眉を上げようとしてあ、と気づく。

 そういえばこの間、侍女たちがなにやらこそこそと話していた。

 明らかに陰口であるにもかかわらず、パトリシアと目があっても止めなかったあれではないかと。

 セシル卿にその日のことを簡単に伝えれば、彼はさらに表情を曇らせた。


「……多分それだと思います」


「侍女たちの行動に少しだけ疑問を持っていたんです。なんだか……堂々としている、といいますか……」


「…………客人の御令嬢が原因かと」


「客人?」


 一体誰のことだろうかと疑問に思った時、瞬時に脳内に二つの顔が浮かんだ。

 ああ、と目が据わったのがわかる。

 セシル卿も目星をつけた様子のパトリシアを見て、そっと視線を下げた。


「ご存知だったのですね。……申し訳ございません。このようなお話をお聞かせするなんて」


「セシル卿のせいではありません。むしろありがたいです。疑問には思っていましたので」


 なにも知らずにいるよりは、少しでも情報がある方がありがたい。

 セシル卿も同じことを思って伝えてくれたのだろうから、彼が謝ることなんてなに一つないのだ。

 そう伝えれば彼は覚悟を決めたように口を開いた。


「よからぬ噂が流れております。パトリシア様が婚約破棄なさったのは、奴隷の娘に嫉妬してだとか。けれど未だにアレックス皇太子殿下に未練を持ち、公爵家の権力を使って奴隷の娘と皇太子殿下を会わせないようにしているとか……。クライヴ殿下にまで手を出し、果てはアヴァロンの王太子までも誑かしている、と」


「…………なんだか凄いことになっていますね」


 思わず苦笑いをしてしまうくらいにはお粗末な内容に、どう反応したらいいのか悩んだほどだ。

 どうもセシリーはパトリシアを男好きに仕立て上げたいらしい。

 なるほどあの時侍女たちがこそこそ話をしていたのは、ノアと共にいたからだ。

 また違う男と一緒にいるのかと、話をしていたのだろう。

 彼女たちが堂々としていたのも、その後ろにいるのが次期皇太子妃と噂されているミーアだからだ。

 元皇太子妃候補と現皇太子妃候補。

 それなら現皇太子妃候補につくのは当たり前だ。


「出どころがあの奴隷の娘なのは間違いないです。今は尾ひれがついて、お聞かせできないような内容になっており、明らかに悪意を持っての行動だと思います」


「セシル卿。ミーアさんはもう奴隷ではありませんよ」


「――、失礼いたしました」


 セシル卿が気まずげに頭を下げたので、にっこりと微笑んで頷いた。

 だがしかし、確かに厄介なことをしてくれたなと目を閉じる。

 今のパトリシアは未来のために動いている、弱い立場なのだ。

 ここで下手に悪い噂を流されて、いろいろ問題になるのは避けたい。

 どうしたものか……と考えていると、いつも冷静なセシル卿が少しだけ声を荒げた。


「私はあの女がここにいること自体不愉快です。それも自分付きの侍女たちには皇太子妃様と呼ばせているんですよ!? ……信じられませんっ」


 多分呼ばせているのはセシリーだろう。

 だがしかしそれを止めることもせず、むしろ喜んで受け入れているのだろうミーアの姿を想像して、同罪だなとため息をつく。


「…………そうですね」


 あのセシル卿がここまで怒りを露わにするということは、パトリシアにはいえない噂とはかなりひどいものなのだろう。

 ふむ、としばし考える。

 正直な話をすれば、あの二人がどんな噂を流そうがどうでもいいと思う。

 確かに今後に支障をきたすかもしれないが、それよりも関わりたくないというのが本音ではある。

 だがしかし、セシル卿の様子を見て腹を括った。

 どうもアレックスはあと一歩が踏み出せないようであるし、ならばこちらから動こうと思う。

 パトリシアが大切にし、パトリシアを大切にしてくれている人が傷つくのだけは見ていられない。

 どうにか反撃の余地はないだろうか……と考えひとつ名案が思い浮かぶ。


「……セシル卿」


「はい。なんでしょうか?」


「一つ、私に手を貸してくださいませんか?」


 思わずニヤリと笑ってしまったのは仕方のないことだと思う。

 そんなパトリシアを見て、セシル卿は目を白黒させる。


「…………一体どのような内容でしょうか?」


「いえ。噂を本当にしてしまおうかと」


 簡単に説明すれば彼は驚いた顔をした後、パトリシアと似たような表情を浮かべる。


「なるほど。そういうことでしたら喜んでお手伝いさせていただきます」


「ありがとうございます」


 そうと決まったらさっそく準備だ。

 踵を返したパトリシアの後ろを、楽しそうなセシル卿がついてくるのだった。

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