幕間 ある王子と女子の話

「んで? パティのこと好きなの?」


「………………直球でくるなぁ」


 カフェテリアへと向かう道中、シェリーはハイネに疑問を投げかけてみた。

「だって。そうだとしか思えなかったし」


「…………まーじ?」


 パトリシアの部屋で、彼は顔を隠すようにして慌てて出て行った。

 けれど横にいたシェリーには見えてしまっていた。

 真っ赤に染まった耳が。

 なので純粋な疑問として投げかけたのだが、彼の表情は浮かない。


「えー……クライヴもそう思ったかな?」


「殺されないといいわね」


「物騒だぁ……」


 クライヴの様子的にも確実に気づいていただろう。

 あのままでは彼が爆破しそうだと、シェリーは二人を置いて出てきたのだ。

 図書室の男の子もきっとパトリシアに好意を抱いていた。

 だからこそ彼があそこまで牽制していたのだと思う。


「別に隠さなくてもいいと思うけど」


「いやぁ……隠してたとか隠してないとか、そういうんじゃないんだよなぁ」


「じゃあなによ?」


「んー……。本人も無自覚、的な?」


 まあ確かに、そんな素振りは見せていなかったよなと、過去のことを思い出す。

 四人の中でも一番距離がある二人だったからこそ、突然のことのようにも思えた。

 しかし。


「気づいてなかっただけでしょ。あんたパティには人一倍気をつかってたし」


「そりゃ帝国の公爵令嬢で、クライヴの好きな人よ? 気をつかうでしょうよ」


「それだけって感じじゃなかったけど……」


 まあ本人が気づいていないなら、そこは突き詰める必要はないかと口を閉ざす。

 パトリシアに不愉快な思いをさせないよう、細心の注意を払っていたように見えた。

 それは、公爵家の令嬢で親友の想い人だからってできることではないと思う。


「んー……実際今もわからんのだよ。フレン…………パトリシア嬢のこと好きなのか」


「好きだと思うけど……まあ本人がわからないってんならそうなのかな?」


 側から見てたらわかりやすいけれど。

 それにしてもこの男はそんなに恋愛系に疎いのだろうか?

 どちらかといえば人の感情には敏感なタイプだと思うのに。

 自分のこととなるとダメになるタイプかと、哀れみの目を向ける。


「その目止めて。……俺これでも王子なんだよ。恋愛に慎重になってもおかしくないでしょ」


「……一つ疑問に思ってたんだけど、あんた婚約者とかいないの?」


「――」


「………………いるの?」


「…………王子なので」


 シェリーがハイネと友人関係になる前までの印象は、自由奔放ちゃらんぽらんな王子だった。

 色々な女性の周りをふわふわと行ったり来たりしていて、誠実そうには見えなかった。

 けれども確かに、誰かと付き合ったとかそういった話は聞いたことがない。


「……不誠実な男はモテないわよ」


「そういうんじゃないんだってば。婚約は親同士が決めたやつで……俺も彼女も望んでない」


「ふーん……。貴族って大変そう」


「大変。本当に」


 本人たちが望んでいようがいまいが、婚約が結ばれたのなら結婚はするのだろう。

 それこそよほどのことがなければ。


「……パティはどうして婚約破棄なんてことになったのかな?」


「それは……本人から聞いたほうがいい」


「話してくれるかな?」


「相手を言うのは憚られたんだろうけど、そこまで知ったなら大丈夫でしょ」


「……うん」


 なら今度聞いてみよう。

 彼女が嫌じゃなければ、きっと答えてくれるだろう。


「少し話逸れちゃったけどさ、恋愛に慎重になる理由は婚約者がいるから?」


「んー……まあそれもある。あとはシンプルにのちが大変なことになるから。本気になればなるだけ、どっちも傷つけちゃうでしょ」


 シェリーはパトリシアほど多種多様な本を読むわけではないが、いくつかはそういった恋愛ものも読んだことがある。

 家族に蔑まれ虐められていた女の子が、王子に見初められて美しい王妃になる話。

 そういえばあれを読んだ時に漠然と思ったのだ。

 その後は幸せな生活を送れたのだろうか、と。

 大人になった今なら、もっとリアルなことまで考えてしまう。


「……そうなった場合、パティは側室ってことになるの?」


「――、ど、うなんだろ。まあ、このまま婚約者と結婚すれば……好きな人は側室になるのかな……?」


「…………それって、なんていうか……かなり修羅場、よね?」


「誰も幸せになれないことだけはわかってる」


 なるほどだから恋愛には慎重になるのか。

 確かに、側室ができた正室は嫉妬心を抱きやすいし、側室は側室で正室を厄介な存在だと思うだろう。

 そもそも複数の女性を相手にしようなんて考えがダメなのだ。

 子孫を残すのが大切なお役目なのはわかっているけれど、愛だの恋だの言っている女を複数人一緒にしていては、その子孫ですら命が危ぶまれる。


「……王族って大変」


「だから誰も好きにならないと思ってたんだよねー」


「……でも好きになった?」


「…………わっかんない。クライヴのこともあるし」


 クライヴのことも大切にしていることはわかっている。

 立場的にも気を使わなくていい友人は貴重なのだろう。

 減らず口を叩きつつもよい友好関係を築いている。

 だからこそ、そんなクライヴが心の底から愛しているパトリシアに想いを寄せるなんて、彼の中ではないはずだった。

 けれど。


「――好きなのかなぁ?」


 その疑問には答えなかった。

 それに答えられるのは彼自身だけだと、わかっていたから。

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