国と国を繋ぐ
「とはいえそちらも今すぐこの話を進めるとなると、いろいろ懸念点もあるでしょう。なのでパトリシア・ヴァン・フレンティアが皇后となる約五年後に、この話を本格的に進めるというのはいかがでしょうか?」
「……確かに。そのほうがこちらとしても安心ですね」
パトリシアはまだ皇后ではない。
この五年の間に予想外の出来事が起こり、もしかしたら皇后とならない未来もあるかもしれない。
そんな不安定な話では、ネロも即決はできないだろう。
そんな彼の心情を察したのか、クライヴはパトリシアの弟が描かれた肖像画を指差した。
「もしよろしければ、一度姫も一緒に彼と会ってみてはいかがですか? その方が姫も安心でしょう」
「……ずいぶん気にかけてくださるのですね」
「未来の弟ですから。それに姫も、全く知らない人間に嫁ぐより、少しは関係値を持てた方が安心するでしょう?」
政略結婚といえど、相性というのは大切だ。
嫁いだけれど愛されず子もおらず、愛人を作られるなんて話は多い。
もちろんパトリシアは己の弟を信じているが、ネロの妹は不安に思うだろう。
知らない土地の知らない公爵に嫁ぐなんて、きっと怖いはずだ。
だからこそ、クライヴは最初に顔合わせをしようと、そう提案しているのだ。
「いろいろ話を詰めるためにご足労いただくこともあるでしょう。その際、姫さえよろしければぜひ」
「…………ご配慮に感謝いたしましょう。しかし次期公爵のほうはそれでよろしいのですか? 妹と事前に会い関係を深めるなど……本当に納得していると?」
実際政略結婚ならなにをしても無駄だと思う男性もいるらしい。
婚約者のいる身で他の女性と関係を持ち、独身のうちに愉しみたいと考える人も多い。
どうせ結婚するのだからと婚約者を蔑ろにするのだ。
もちろんパトリシアは弟がそんなことをするとは思っていない。
だがどう返事をすればネロが納得してくれるだろうかと考えていると、そんな問いに公爵がくつくつと笑う。
「我が息子ながらできたやつでして、ある種自由奔放な姉の背中を見ていて思うところがあるようです。『結婚するのなら姫のことを好きになりたい』と。国のためになることをしたいと言いながらも、自らの心も大切にしたいらしいです。ですのでむしろ、この案は双方共に最善かと」
公爵の言葉にぱちぱちと瞬きを繰り返したネロは、数秒後に鼻を鳴らした。
「なるほど。確かにそんな背中を見ていれば、考え方も変わりますね」
「ええ。困った上を持つと下はしっかりするものです」
「みたいですね」
こくんと頷いたネロは葡萄ジュースを飲み干すと立ち上がり、書類を軽く振った。
「この書類と肖像画はいただいていきます。……前向きに検討させてもらいますね」
「ええ。ぜひ」
立ち上がり部屋を後にするネロに頭を下げて、彼がいなくなるのを待つ。
完全に姿が消えてから、パトリシアはキッとクライヴを睨んだ。
「どういうことか説明してください」
「わかってるよ。ほら座って」
パトリシアから怒りの雰囲気を感じとったのか、座って紅茶を飲むよう勧めてくる。
完全に蚊帳の外にされたことにむっとしつつも、言われた通り腰を据えて紅茶を喉に流した。
「結婚の話が出て正直悪い話じゃないなと思ったんだよ。だけど皇族に適齢期の男性がおらず、なら近しいところはどうだろうと考えたんだよ」
「それで私に話がきたというわけだ」
「黙っていたのでお父様も同罪ですよ」
「忙しいお前の手を煩わせる案件でもないだろう」
「弟のことなのですよ!?」
「私の、息子だ」
それはそうだけれど、とパトリシアは顔を伏せた。
まさかこの話が弟に飛び火するなんて思わないじゃないか。
彼の未来を犠牲にしてしまったのではないかと顔を曇らせるパトリシアに、公爵はすっと瞳を細める。
「お前はあいつをいつまで子供だと思っている? あれも成長し、公爵家を継ぐにたる存在となった。自分の未来くらい自分で考えて行動できる。あれを下に見るな」
「――……そんなつもりは、」
「心配するのはわかるけど、ちゃんと話して彼も納得してるから安心して。とっても前向きにこの件に賛同してくれてるよ」
「…………そうなのですね」
下に見ていたつもりはなかったけれど、確かに彼のことをずっと弟として見ていた。
まだまだ保護すべき存在だと。
それを下に見ていたと言われればそうなのかもしれないが、パトリシアからしてみれば大切な弟なのだ。
そんな彼の未来を案じることが悪いとは思わないけれど、でも確かに彼の未来は彼自身のものである。
パトリシアがこれ以上口出しする必要はないのだろう。
でもだからこそ、最後にこれだけは言いたかった。
「あの子も姫も、幸せな未来になるよう……」
「もちろん、努力するよ。ローレランもノーチスも、どちらも笑顔になれるように」
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