ちょっとしたイタズラ
ネロはパトリシアが提示した案を概ね通すことを決めたらしい。
特に兵士を貸し出すというのには、強い興味を引いたようだ。
彼の滞在時間ギリギリまでパトリシア、クライヴと共に話し合いを続け、双方にとってちょうどいい落とし所を見つけられた。
それは次期公爵とノーチスの姫との婚姻の件もだ。
一旦は手紙のやりとりをし、時期が来たら顔合わせをすることになったらしい。
少しでもいい方に進むようにと心の中で願っていると、そんなパトリシアに気がついたクライヴが声をかけてきた。
「どうしたの? なにか考えごと?」
「――少し。両国の関係がいい方向に進めばと願っていました」
「それができるかどうかはあなたにかかっているかと」
声のした方を見れば、そこにはこちらに向かって歩いてくるネロがいた。
そう、今日は彼の帰国の日である。
「ノーチス国王陛下にご挨拶申し上げます」
「ありがとうございます。見送りなどわざわざしなくてもよいのですよ?」
「させてください。次に会えるのがいつになるのか、わかりませんから」
「…………その通りですね」
彼の後ろではノーチスの人たちが忙しそうに動き回り、荷台に荷物を詰め込んでいる。
もうそろそろこの国を発つ時間だ。
パトリシアは目の前に立つネロに近づき、小声で囁いた。
「とはいえ、またすぐお会いすることになりそうですが」
「…………そうですね」
パトリシアの弟とノーチスの姫の婚姻の件は、今はまだ公にされていない。
決まっていないことではあるし、いろいろ異例なところもあるからだ。
だからこそ彼は、後日またやってくる。
軍事力貸し出しの件を進める名目で、姫と弟を合わせるためにだ。
「友人から聞いていましたが、あなたの存在にはとても驚きました。ローレランはいい宰相を得たようですね。フレンティア宰相のおかげで、ノーチスとローレランはより親密になれることでしょう」
少しだけ声を大きくしたネロの言葉は、周りにいる騎士や重鎮たちにも聞こえたことだろう。
きっとこれは彼なりの激励なのだ。
ノーチスの王はパトリシアを認めたという。
だからこそパトリシアも膝を折り、彼に頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます」
「……海賊の件ですが」
「そのことならご安心ください。地上でなら我が騎士団も負けません」
「それならば海賊のことはローレランにお任せします。ずいぶん好き勝手やっているようなので、相応の処罰を」
「もちろんです」
実はネロから帰国前にとある取引を持ちかけられていた。
それはノーチスに帰る際、元奴隷の村で作るワインを用意してほしいと。
持って帰るのだとどことなく嬉しそうなネロに、パトリシアは二つ返事で了承する。
急ぎ村へと手紙を送り、届けられた荷物の中身には、大量のワインと一つの大きな宝石が詰め込まれていた。
どうして宝石があるのかと手紙を見れば、そこにはこう書かれていた。
『この宝石は我が村で採れた一番大きく希少なものです。フレンティア宰相様のためにお使いください。あなた様が使われるでもいいですし、誰かに差し上げても構いません。あなた様の未来が輝かしいものでありますように』
どうやらパトリシアがこれほどまでに頻繁にワインを大量に頼むこと、そしてどこからか来賓があったことを聞きつけたのだろう。
村の人たちが気を利かせてくれたそれを、パトリシアはノーチスの姫に送った。
未来に姉になるかもしれない人として。
それを伝えればネロは驚きの表情の後、なぜか諦めたように大きくため息をついたのだ。
『あなたには敵いませんね。……ありがたくちょうだいいたします。妹もとても喜ぶかと』
そしてネロはその対価として、海賊の本拠地の場所をパトリシアにだけ教えてくれたのだ。
『本当はなにかとひきかえにこの情報を渡そうと思っていたのですが……あなたのためになるのなら』
パトリシアはこの話をクライヴに伝え、彼はすぐに騎士団に指示をした。
もちろん、情報源はフレンティア宰相からだと伝えて。
おかげで今回の海賊討伐はパトリシアの手柄となりそうだ。
少しでも功績を上げられるのは素直に嬉しいので、ありがたく賞賛を受けることにした。
そんなわけで海賊問題も無事なんとかなりそうだと、パトリシアはほっと息をつく。
「……そろそろ時間ですね」
出立の時間がやってくる。
ネロは後ろで待つ部下たちをチラリと見ると、すぐに視線を戻した。
「素晴らしい滞在でした。今後はノーチスとローレラン、友として手をとりあえるでしょう」
「もちろんです」
クライヴと握手をした後、ネロはその隣に立つパトリシアへと視線を向ける。
ネロから差し出された手に応じ握手をすれば、ネロは軽く目尻を下げる。
初めて会った時よりもずっと穏やかな表情を見せてくれるようになった。
きっとこれが本当の彼の姿なのだろうなと思っていると、ネロの方から手が離される。
「これ以上あなたに触れていると、クライヴ陛下に怒られそうなので」
ちらりとクライヴを見れば、確かに彼は不機嫌そうな顔をしている。
大丈夫だと伝えたけれど、彼の中ではまだパトリシアが求婚された件が気に食わないらしい。
まあパトリシアも彼に縁談の話が持ち上がった時は気が気ではなかったので、その気持ちはなんとなくわかってはいるが。
困ったように笑うパトリシアに、ネロは軽く頭を下げた。
「あなたにはこのままこの国の宰相でいてほしい。そう思えるほど素晴らしい仕事でした。また例の件でお会いする時はよろしくお願いします」
「もちろんです。ぜひワインでおもてなしさせていただきます」
「楽しみにしています」
ネロは今度こそ部下たちの方へ体を向けると、そのまま歩き出した。
ノーチスの国旗を掲げた馬車が用意されており、部下たちの手を借りて乗り込もうとしたその時、ふと思い出したように振り返る。
「そうだ」
その時のネロの顔は、無邪気な子供のように屈託のない笑顔だった。
「もしクライヴ陛下との婚約が破棄されるようなことがあればぜひノーチスへ。歓迎いたしますよ」
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