嵐の前の静けさ
クライヴに呼ばれている。
騎士からそう言われて、パトリシアはほんのり頰を赤らめながら皇宮内を歩いていた。
久しぶりの私的な逢瀬だ。
楽しみじゃないわけがない。
によによと笑いそうになってしまうのを表情筋を駆使して耐えながら歩いていると、着いた場所は応接間だった。
「…………」
その瞬間理解した。
呼ばれたのは仕事関係だったのだ。
仕方ない。
それはわかっている。
けれどちょっとだけ、寂しいと思ってもいいのではないだろうか。
あんなにふわふわした気持ちがすとんと落ち、パトリシアは少しだけ唇を尖らせながら部屋へと入った。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「ようこそ、フレンティア宰相。中へ入って。他の者たちは準備が終わり次第下がってくれ」
「かしこまりました」
ソファーへと腰を下ろしたパトリシアの前に、紅茶やお菓子が置かれていく。
侍女と騎士たちは己の仕事が終わると早々に部屋から出ていき、二人っきりの空間が出来上がる。
クライヴは人がいなくなってから執務用の椅子から立ち上がり、パトリシアの隣へと腰を下ろした。
「やっっっと会えた……。噂は聞いてたんだけど大丈夫だった? 馬鹿な奴らがいろいろやってたみたいだけど……」
「…………大丈夫です。助けてくださる方がたくさんいますので」
あんなに部屋の前でもやもやしたのに、クライヴがそばにいて心配してくれてるだけで、それがパッと晴れたような気がする。
そっと添えられた手に応えるように、彼の指先を握りると目の前にある顔が嬉しそうに綻ぶ。
「よかった。パティが大丈夫ならいいんだ」
「私の方は順調です。……それより、なにかあったのでは?」
忙しい中パトリシアを呼んだのだ。
きっとなにかあったのだろうと聞けば、途端に彼の顔が真剣なものに変わる。
「うん。……実は面倒なことになったんだ」
「面倒なこと?」
「ノーチスの貿易船が沈んだ。うちの領内で……海賊によって」
ノーチスとは、アヴァロンを挟んだところにある小国の一つだった。
国土自体は大国であるローレランには遠く及ばないが、色々な意味で勢いのある国だと認識している。
それこそ貿易。
金がよく取れる国らしく、貿易面ではローレランに匹敵する。
そして武力に関しては、ローレランをも凌駕すると言われている。
パトリシアの印象としては、小国ながら侮れない国。
彼の国と関係悪化はできるならば避けたいと思っているが、どうやらそれはクライヴも同じらしい。
「海賊問題はうちも手を焼いてる。騎士を向かわせているが、彼らに海上での戦いで勝てるものがいないんだ。……まあ、それは一旦いいとして、問題はノーチス側の対応だ」
「……ノーチスがなにか言ってきたのですか?」
海賊問題はローレランだけのものではない。
海に面している国はどこも手を焼いていることだろう。
ノーチスですらそうなのだから、海賊事情はわかっているはずなのに。
クライヴは額を抑えると、ため息と共に口を開いた。
「実は今海賊たちが拠点にしているのがローレラン国内らしくてね。ノーチスの貿易船を潰したのはローレランの仕業なんじゃないかって因縁つけてきてるんだよ」
「そんな……。少し考えればわかることなのに」
「下に見てるんだ。そもそもノーチスは小国で、過去何度も小競り合いをしているのに潰せてない」
とはいえローレランは帝国だ。
そんなことしてくるなんて、と眉を寄せたパトリシアだったが、あることを思い出してハッとする。
「……ノーチスも数年前に国王が変わりましたよね?」
「うん……」
「………………確か、前国王を殺害してなったと」
「噂だけど……ほぼ間違いないだろうね」
前国王は愚王であったらしい。
自らの私利私欲を満たすために、他国との貿易を無理やり進め、時には武力を持って強行する。
他国自国共に国民のことなどなにも考えてはおらず、自らの懐を増やすことだけに注力した男の末路は悲惨なものだったらしい。
クーデターが起こり、国王は死に新たな王が誕生した。
それから数年。
たった数年で内乱を鎮圧させた新王。
「……油断なりませんね」
「そう。こちらとしても軽視はできない。なにをそんな馬鹿なことを言っているんだと軽口叩くことはできるけど……」
「悪手かと」
「だよね」
そんな油断ならない相手に、下手を打つわけにはいかない。
それがわかっているからこそ、向こうもおかしな因縁をふっかけてきたのだろう。
必ず、狙いが他にあるはずだ。
「だから国王を招待しようと思うんだ。食事をしながら、腹の内を探ってやろうと思う。……パティもよければ、一緒に出てほしい」
「……もちろんです。ノーチスのことなら我々よりもアヴァロンのほうが詳しいと思いますので、あとでシェリーに手紙を送ってみます」
「頼む」
とはいえあちらも一筋縄ではいかないだろう。
うまく事が進めばいいのだが、簡単ではないだろうなと小さく息を吐き出した。
そんなパトリシアの隣で、クライヴは大きく腕を上げ体を伸ばすと、そのまま力を抜いてこてんと倒れ込んでくる。
パトリシアの膝の上に。
「――クライヴ様!」
「ちょっとだけ」
「………………もうっ、」
文句を言いつつも、手は無意識にも彼の頭を撫でる。
さらさらの髪の毛を撫でつつ、パトリシアは小さく口端を上げた。
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