あいた口が塞がらない

 それは少し人気のない廊下でのやりとりだった。

 ハイネは用事があると席を外していたため、クライヴ、シェリー、パトリシアの三人はあの村の話をしていた。

 

「許可とれた。パティとシェリーは手紙送っていいよ」

 

「よろしいのですか?」

 

「あいつら呼んだらすぐくるかもよ?」

 

「もう皇宮からの指示で仮家建ててる」

 

「はっやぁ……」

 

 さすがクライヴ。

 いろいろなことを最速で決定してくれたらしい。

 流石の行動力に驚きつつも、それに伴うだけの実績と信頼があるのだなと彼の横顔を見つめる。

 皇宮から送られてきた手紙を真剣な眼差しで見つめており、しばらくしてから顔を上げた。

 

「シェリーの方は可能なら一ヶ月以内には村に行けるようにしてほしい。今年の葡萄の収穫時期で作業に取り掛かれるように、設備とかも整えておきたい」

 

「わかった。そこら辺も詳しいやつを送るように言っておくわ。大丈夫、金にがめついけど腕は立つ奴らばっかりだから」

 

 それは本当に大丈夫なのだろうか?

 まあ稼げるとなれば全力を出してくれるという意味だろうと、いい方向に自己解釈することにした。

 同じように不安げな顔をしていたクライヴがこちらへと視線を向ける。

 

「パティのほうも。そっちは店の方と話つけてからだから少し遅くなるかもだけど……」

 

「そうですね。こちらに関しては工房の作りなどもあるでしょうから、聞いてからになりますね」

 

「じゃあ、一旦任せた」

 

「かしこまりました」

 

 事前に書いた手紙をすぐにでも出さなくては。

 しかしこれでやっと前に進めると少しワクワクしていると、廊下の反対側からシグルドがやってくる。

 

「失礼。少し話をいいですか?」

 

「――」

 

 彼が敬語ということは、またしても皇宮関係か。

 眉を顰めたクライヴは、チラリと周りを見る。

 人通りはないとはいえ、誰がくるかわからない場所だ。

 そんなところで内密な話はできないだろう。

 

「人に聞かれたくない話か?」

 

「いえ。すぐに皆に知れ渡ると思うので」

 

「知れ渡る?」

 

 なにやら言い方が妙だ。

 皇宮関係の話が知れ渡るなんておかしい。

 つまり今回の彼の話は皇宮関係ではないということだ。

 クライヴと二人、一瞬だけ顔を見合わせた。

 

「……いったいなんの話だ?」

 

「実は学園長より、留学生がくるとの話をいただきました」

 

「「「留学生?」」」

 

 転入生、ではなく留学生ということは、他国の人というわけだ。

 もちろんこのローレラン帝国と友好関係を結ぶ国はたくさんあるが、それでも他国のアカデミーに入ろうなんて人そうそういない。

 そういった意味では他国の王太子でありながらこのアカデミーにいるハイネは異例中の異例だ。

 まあ彼の性格的に見聞を広める的なことを言ってゴリ押したのだろうが。

 果たして今回の留学生は一体どんな理由なのだろうかと気にしていると、シグルドが話を続けた。

 

「はい。それがなかなかの人物でして……。クライヴ殿下はご存知なのだろうかと」


「…………なにも知らされてないが?」

 

 クライヴに知らせなくてはならない人物なら、確かに相当地位の高い家柄の人なのだろう。

 それこそどこかの国の王子だったりするのだろうかと考えていると、シグルドの後ろから何故か青ざめた顔をしているハイネがやってきた。

 彼はクライヴを視界に入れると突然飛びつく。

 

「クライヴー! 助けてくれ!」

 

「やめろ暑苦しいっ! なんだ急に!」

 

「俺がなにしたってんだ! 面倒ごとばっかり起きやがってー!」

 

 叫びの応酬である。

 さすがにこの声量では誰か来てしまうと慌ててために入った。

 ちなみに聞くに及ばぬと判断したのか、シェリーは耳を塞いで冷めた目を二人に向けている。

 

「ハイネ様落ち着いてください。なにがあったというんですか?」

 

「…………さっきアヴァロンから手紙が届いて、正式に婚約が破棄されたって」

 

「はぁ!?」

 

 クライヴはひっついたままのハイネを引き剥がすと、彼の肩を掴み顔を覗き込んだ。

 

「お前への確認もなく、そんなことしていいはずがないだろ! 今すぐアヴァロンに帰って異議申し立てしてこいっ!」

 

「いや、この間帰った時に婚約破棄するならするでいいとは言ったんだよ。事後報告でいいって」

 

「…………じゃあなににそんな騒いでるんだ?」

 

 事後報告でいいと言うくらいなら、別にそこまで騒ぎ立てる必要はないのではと思ってしまう。

 しかし彼の慌てかたは見ているこちらが心配してしまうほどだ。

 婚約破棄以外でそこまで慌てるなんて、他になにがあるだろうか?

 そんな疑問をハイネよりも先に、なぜかシグルドが申し訳なさそうに答えてくれた。

 

「あの、実はその件なんですが…………」

 

 シグルドの口が動く。

 彼が紡ぐ言の葉を耳にしていくと、徐々にクライヴとパトリシアの顔色が変わってくる。

 

「…………なに、言ってるんだ?」

 

 ちょっと待ってほしい。

 それは一体どういうことだ。

 空いた口の塞がらない二人は、一週間後にその目で見ることになる。

 ハイネが慌てる、そのわけを――。

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