老人と妖魔 8(VS妖魔アル)

「受けて立とう! やれるものならやってみよ!!」


 そう叫んだはいいものの、玄公斎は頭脳をフル稼働して、このままの流れでよいものかと必死で考えていた。


(このままでは……ワシはこやつを殺さざるを得なくなる)


 強者と強者が手加減なしで戦う以上、お互いが無事でいられる保証はどこにもない。それでも、少なくとも戦い終わった後に、双方が支障なく日常生活を送ることができる範囲に収めることは、玄公斎にとって半ば必須と言えた。

 難しそうに思えるかもしれないが、初めのうちは玄公斎はそこまで悲観していなかった。アルとて真剣勝負といえども、むざむざ死にに行くような真似はしないだろうし、双方が力を出し尽くしてしまえばいつかは終わるはずだった。


 青い刀身が逆袈裟に振り上げるのを紅い刀身がいなし、返す刀で首筋に向かう「殺す気満々の」斬撃が返ってくる。

 玄公斎の首筋に一直線の傷が走るが、間一髪で頸動脈は外した。

 傷がいえぬ呪いで頸動脈を切られたら、それこそ致命傷だ。


(あと2合――――)


 1ミリのミスも許されない極限の戦いになると、玄公斎ほどの達人となれば、この後数秒間の双方の動きがほぼ確実に読める。

 ましてや、今の玄公斎は日本武術史の集大成たる器を持っているのだから、ほぼ最適解以外取りようがないことがわかってしまう。

 そして待っている結末は、次のその次の打ち合いで、目の前の妖魔の心臓を貫く。

 これ以外に取れる選択肢が、ない。


(違う。それ以外にもあるはずだ。ワシは、私は、ぼくは―――)


 次の動作は、一歩引いて相手が連続して袈裟斬りを仕掛けてくるのを、腕に二か所、額に一か所傷を作りつつ、小手打ちで反撃。そして、反動による切り返しが来る前に…………


「セェイッ!!」

「!?!? はぁっ!?」


 玄公斎は、アルに向って天涙を

 生涯幾度となく戦ってきたが、自らの愛刀を相手に向ってぶん投げるのは初めて…………というよりも、今この場においてもはっきり言ってかなり下策だ。

 アルの攻撃を無理やり止めることには成功したが、玄公斎にはもう相手を斬ることも、斬撃を防御することもできない。

 だが、それでよかった。


「もう立つのもやっとじゃろう。今のおぬしには拳で十分じゃ」

「このクソジジイ……」


 まず玄公斎がアルの顔面に拳を叩き込んだ。

 アルは激怒するどころか、気色の悪い笑みを浮かべると、彼もまた作ったばかりの天涙(紅)を躊躇なく放り投げると、お返しとばかりに玄公斎の鼻っ面に拳を叩き込んだ。


「このたわけが……! 危うく殺すところじゃったろう!」

「うるせぇクソボケ! 手ェ抜いたら死合いの意味ねぇだろうがよ!」


 死闘にも見えた。戯れにも見えた。

 お互いノーガードの殴り合いで、目の周りが腫れ、鼻血を出し、骨が軋んだ。

 それでも、二人はまるで痛みなど感じていないかのように、獰猛な笑みを浮かべながらひたすら殴り合うのだった。



「えっと……おばあさん、あれそろそろ止めた方がいいんじゃない?」

「うーん、いつになっても男の子はやんちゃね」

「そういう問題かなぁ?」

「まぁ、もう少しで終わるでしょうし、好きにやらせてあげましょ」


 いつどちらかが死ぬかわからなかった決闘を見ていた女性二人は、最後の最後で殴り合を始めた男性二人を見て、呆れるやらホッとするやら、複雑な気持ちだった。


 結局、玄公斎とアルの殴り合いは、お互いのクロスカウンターが綺麗に入ったことで2分足らずで引き分けに終わった。


「へっ……さすがに、もう立てねぇや。あー……斬って殴って、満足した」

「やれやれ……暫く大人しくしているほかあるまいな、おぬしもワシも」


 その言葉を最後に、お互いに意識を手放した。

 そして後始末は勝手に観戦していた環と白埜がすることになり、お互いのパートナーを診療所に運び込んでいった。


 真夜中に始まった立った二人の決闘。

 道場を出るころには、遠い水平線から朝日が昇っていた。





※作者コメント

 ということで、エクストラバトルこれにて終了!

 物語に関係ない延長戦ということで、だいぶ好き放題させていただきました……妖魔アルを快く貸していただいたソルト様には大変感謝しています!


 前回の企画ものでもアルを使わせてもらう機会があったのですが、お題がまさかの完全戦闘禁止だったもので、もしかしたら彼の魅力が十分に発揮しきれなかったかなと思っており、今回はそのリベンジも多少兼ねていたりします。

 普段のアルは力押しに見えて、実は相手に合わせてメタ的な攻撃方法をその場で生成する非常にトリッキーなタイプ。ゆえに、玄公斎のような相手は意外と愛称悪いんじゃないかな、とも思ったり。


 だいぶ長くなってしまいましたが、その分「ぼくの考えたかっこいいアルの武器」とか特に周りのことを考えないで戦いの没頭する元帥が書けて、勝手に満足しました。

 またどこかでこんな機会があればなと思います。

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おじいちゃんおばあちゃんの異世界旅行記 南木 @sanbousoutyou-ju88

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