鉄血! 米津道場! その3

「全員そろっておるようじゃな。では約束通り、試験を始めよう。もっとも、初めてでできるとは思わぬほうが良いぞ」

『…………』


 朝早くに道場の中庭に勢ぞろいした4人は、いつもに増して真剣な顔をしていた。

 昨日死にそうな状態だった遥加も一応回復したようで、ほかのメンバーたちの心配をよそに、すっきりとした表情をしている。


(ふっ、みな真剣じゃな。よい傾向じゃ、この調子ならワシの想定以上に育つかもしれぬな)


 玄公斎は心の中で若者たちの頑張りをほめているが、今はそれを全く表に出さず、あくまで鬼の師匠役に徹している。


「さて、試験といえどもおぬしら一人一人は得意分野が違う。それゆえ、試験内容もそれに合わせて変えてあるから心するように。ではまず、あかぎと夕陽、前に出よ」

「はい」「うん」

「二人はを用いてそこの試し切り用の畳巻を斬ってみよ」

「「え?」」


 突然の無茶ぶりに二人は一瞬で困惑した。

 そもそも木刀は刃物ではないので、標的を叩くことはできても斬るなどという芸というは無理がある。


「無理と思うじゃろう。じゃが、人間為せば成るもの……まずはワシが手本を見せよう」


 そういうと玄公斎は木刀を手に取ると、腰を低く居合の構えをとると――――


「疾っ」


 ほとんど肉眼では見えない速度で木刀を振りぬくと同時に、目の前にあった畳を縦長に巻いてある試し切り用の「畳巻」がパシーンと乾いた音を立てた。

 そしてコンマ数秒置いて切り口が開くと、上半分が斜めにずれてそのまま地面に転がり落ちたのだった。

 もはや人間業とは思えない芸当に、遥加以外のメンバーは思わず唖然としてしまった。


「というわけじゃ、どちらが先にやる?」

「じゃ、じゃああたしが……」


 まずはあかぎから、木刀をもって畳巻の前に行くと、まだ疲れが取れていない体に活を入れて、木刀を上段に構えた。


「むん!」


 まるでスイカ割りのように勢いよく木刀が振り下ろされ、バシンという乾いた音が響く。

 手ごたえはあった……あかぎの木刀は見事畳巻を脳天から斬り込んだが、4分の1ほど到達したところでめり込んだまま止まってしまった。


「なるほどな、縦長の物を縦に割ろうとする心意気はよいが、全く足りんな。あかぎはまだまだ鍛え直しじゃ」

「うぅ……わかりました~」


 そして次は夕陽の番だ。


「さすがに「倍加」や「鋭化」は使っちゃだめですよね?」

「いや、今回は使ってもよいぞ」

「いいんだ……それなら」

「…………っ」


 さすがに今の力であんな芸当をやれと言われたら無理だが、身体能力強化と、武器の切れ味を高める術を使えば、難易度はぐっと下がる。

 それゆえに、なぜ玄公斎が許可したかが疑問だったが……幸も応援してくれている手前、かっこ悪い真似は避けたいところだ。


(まあいい……とりあえず『鋭化』だ)


 彼の力を使えば、例え木刀でも金属の剣と変わらない切れ味を付与することが可能だ。とはいえ、木刀を『鋭化』させることなど、効率が悪すぎるのでめったにないが、やるからには本気でやるつもりだ。


 彼は木刀を正眼に構えると、力強い踏み込みとともに袈裟斬りに振りかぶる。

 ところが――――想定外なことに、畳巻が斬れるどころか、ぶつかった木刀がパキンときれいな音を立てて、真っ二つに折れてしまったのだった。


「なん…………」

「威力は悪くない……が、型がまだ正しくないのう。おぬしの術の力に、木刀が耐えられなかったようじゃ」


 こうして、刀組二人は見事に不合格に終わった。

 そんなわけで、お次はアンチマギアの出番だ。


「で、私は何をすればいいんだ爺さん」

「拳の破壊力を測るものといえば、定番はこれじゃな」


 玄公斎が持ち出してきたのは、何十枚もある黒い瓦だった。

 それを見た全員は、一瞬で何をさせられるかを理解した。


「この瓦を10枚割ってみよ」

「10枚だぁ? たったそれだけでいいのか?」

「ふむ、それでは試しにあかぎ、1枚割ってみよ」

「割るの? これを?」


 アンチマギアの試験はずばり瓦割りだった。

 しかも、ただの瓦割りではない。試しにあかぎが1枚の状態で「いやーっ!」と瓦を拳でぶっ叩いてみたが…………


「か、硬いぃぃぃ」


 ヒビが入っただけで、アニメや漫画のようにきれいに割れることはなかった。

 どうやらこの瓦は特殊な素材でできているらしく、普通の物よりもかなり硬いようだった。


「なるほど、意地の悪い事してくれるじゃねぇか。だが、私はあきらめねぇ、根性で遥加の休暇を勝ち取ってやるよ!!」

「私は別にもう大丈夫なんだけどな」


 いつの間にか自分の休みを勝ち取ろうとしているアンチマギアに疑問を覚える遥加。だが、アンチマギアはそのような些細なことは気にしない。


「いくぜええぇぇぇ!! アンチマギアブルインパクトぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 どっかで聞いたことがあるような技名を叫びながら、躊躇なく拳を叩きつける全身包帯ぐるぐる巻きのアンチマギア。

 驚くことに、その拳は頑丈な瓦を派手な音を立てて砕いた。

 が、10枚中7枚割ったところで、惜しくも彼女の拳は瓦に受け止められてしまい、そのうえ彼女の拳は一瞬で血まみれになり、指があらぬ方向に曲がっている。


「ちぃ、根性が足りなかったか!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよアンチマギアちゃん!! すぐに医務室に行くよ!」


 反動で手に重傷を負ったアンチマギアは、たちまちあかぎに手を引かれて医務室に行ってしまった。

 だが、残った瓦をみた玄公斎は、感心するように何度もうなづいていた。


(ほほう……まず1歩前に出たのがまさかあの娘とはな。この調子であれば、第1の課題はすぐに達成できることじゃろう)


 ともあれ、最後は遥加の番だった。

 彼女は中庭から少し移動し、道場の長い廊下に連れてこられた。


「よいか、この廊下から中庭をはさんだ向こう側に的がある。距離はおよそ50歩。真ん中に当てろとは言わぬゆえ、そなたの持つ矢を命中させよ」

「……わかりました」


 遥加はいつも使っている弓を召喚すると、さらに矢を召喚してつがえるが……


(……? 弓が引けない……これは)


 弓を放つどころか、弦を引くことすらなかなかできないでいた。

 腕力で無理やり引こうとしても、まるで腕に力が入らず、弓を落とさないようにすることで精いっぱいだった。

 そして、そんな状況にもかかわらず、まずいとも悔しいとも感じない自分の心の空っぽさだけが無意識に感じられる。


(これは、難儀じゃな。はてさて、大丈夫じゃろうか)


 現状の遥加の精神状態を見た玄公斎は、改めて彼女の復活は容易ならざるものだと実感した。


(仕方がない、後でもう少し荒療治が必要じゃな。じゃが、それまではしばらく基礎を徹底させることに変わりはない)


 結局この日の試験は、全員が不合格となり、遥加の休日を勝ち取ることはできなかった。

 それでも玄公斎は、彼らが着実に成長していることを実感することができたのだった。

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