鉄血! 米津道場! その2

「ねぇ…………今、何日目だっけ?」

「知らねぇよぉ……私はもう頭が痛すぎて、何も考えられねぇ」

「たぶん10日目、だと思う。合ってるかわからないけど」

「とうことは…………まだあと350日以上」


 すっかり暗くなった食堂を1本の蠟燭が照らす中、あかぎをはじめとした修行中のメンバー4人はぐったりと机の上に突っ伏していた。

 初日の訓練も素人にとってはなかなか辛いものがあったが、日を追うごとに修行の内容はどんどんエスカレートしていき、むしろ初めのころが天国だったように思えてきた。


 朝日が昇ると同時に無理やりたたき起こされた後は、朝食の前に重い鉄の刀でひたすら素振りをさせられ、朝食の後は分担して衣類の洗濯と道場内の掃除。そのあとは昼まで(変な歌とともに)駆け足でランニング、昼食を食べた後は夕飯になるまでひたすら座禅を組む。いったん風呂に入ることができるが、そのあともまだ寝ることはかなわず、なぜかの訓練をさせられる羽目になる。

 そしてようやく眠りにつけるのは午前0時ごろ。

 仲間同士でおしゃべりする気力すらなく、彼らは布団に入るなり泥のように眠ってしまうのだった。


「ってかさ~アンチマギアちゃんは修行の前に「気合と根性があれば何でもできる!」とか言ってなかったっけ? 随分おとなしくなってない?」

「うるせぇよあかぎ……お前こそ、いつもは人の分まで食い尽くそうとする食い意地はどうしたよ?」

「あたしもなんだか食欲湧かない……もうだめなのかな」


 アンチマギアがいつものように根性根性連呼できないのも、あかぎの食欲がうせてしまっているのも、極度の疲労が原因でもあるが、それ以上に道場内の環境の変化ではないかと夕陽は見ている。


(ろうそくの灯が弱い……酸素が薄い証拠だ。それに、気圧までいつもと違う……おそらく、ミナレットスカイにいた時と同じか、それ以上……)


 ここ10日間分の時間で徐々に環境を変化させていたのだろう。

 夕陽の考えている通り、道場内の気圧と酸素濃度は標高7000メートル級のそれであり、全員が頭痛や食欲減退に悩んでいるのは高山病の症状なのだろう。

 あの時ミナレットスカイで玄公斎と初めて出会ったときは、これよりも低い標高だったうえに、アルから手渡された杖のおかげで酸欠にならずにすんでいた。

 それがなければ苦しいのは当たり前だ。


「はぁ、なんだかしゃべるだけでも疲れるね……」

「まったくだ。遥加なんてさっきから一言も発しないぜ。もう寝ちまったか?」

「この後もまだ修業は続くから起こしてあげないと…………あれ?」


 先ほどから机に突っ伏したまま一言も発しないどころか、身動きすらしなくなった遥加をあかぎがゆすって起こそうとするも、反応がない。


「ちょ、ちょっとどうしたの遥加ちゃん!!」

「おいおい、様子が変だぜ!」


 あわてた二人が遥加の顔を強引に持ち上げると、遥加の顔色は死ぬ一歩寸前と見まごう程ほど青白く、呼吸もとても弱弱しかった。


「た、大変だっ!! あたしは遥加ちゃんを医務室に運んでくから、アンチマギアちゃんはお爺ちゃんを呼んで!!」

「わかった、すぐあのジジイをひっとらえてきてやる! 夕陽、すまないが私らの分まで片付けしてくれ!!」

「あ、ちょっと……」


 夕陽が何か言う前に、あかぎは遥加を担いで医務室の方へと向かい、アンチマギアは玄公斎を呼び出しに向かった。

 危機を前に颯爽と行動する二人に、先ほどまでの倦怠感は全く感じられなかった。


「幸……俺はどうしたらいいと思う?」

「……っ」

「やっぱりお前も、あの子のことが心配だよな。俺たちも医務室へ向かおう」


 疲れ切った体に掛け足はきつかったが、それでも昼間と違って幸の憑依が使える(昼間はアンチマギアがすぐ近くにいるせいで倍加術が使えない)ので、速度を上げてあかぎの後を追った。



 ×××



「ねえシャザラックさん! 遥加ちゃんは大丈夫なの!?」

「ご安心ください。私の高性能な医療機器があれば、一晩あれば回復します」

「あーよかった……修行で仲間が死ぬとかシャレにならん」


 道場の一角にある医務室では、この道場の建設者であるシャザラックが待機しており、特訓中にケガしても病気になってもとりあえずは大丈夫なようになっていた。

 遥加はやはり重度の高山病を発症しており、現在は酸素カプセルの中で横になっている。


「ふむ、やはりこの子だけはあの山へ行っておらなんだからのう。耐性ができておらぬゆえ、無理もないか。しかし…………そなたら、なぜこのようになるまで放っておいた?」

『え?』


 遥加が回復すると知ってほっとしたのもつかの間、三人はなぜか理不尽にも玄公斎にぎろりと睨まれた。その雰囲気は非常に冷淡で、いつもの陽気で気さくなおじいちゃんの姿は微塵もなかった。

 対する修行中のメンバーの中からまず真っ先に抗議したのはアンチマギアだった。


「そりゃないだろ爺さん!! 確かに気が付くのは遅れたかもしんねぇけど、私もあかぎも必死こいて医務室まで運んできたんだぜ!!」

「たわけ! おぬしら3人は仲間が危険な状態にあるというにもかかわらず、それを見過ごしたのじゃ! これが実戦ならどうなっていたことか!」

「ひっ……お、おじいちゃん!?」

「…………っ」


 玄公斎の一喝で、3人は思わず竦みあがった。

 特に、いままで優しい姿しか見てこなかったあかぎはだいぶショックを受けているようだった。


「よいか、辛い環境にいるときこそ、常に仲間の状態に気を配るのだ。症状が軽いうちに対策が施せれば、遥加もこのようなことにならなかったであろう。とはいえ、シャザラックが言うには明日には回復するようじゃ。遥加は予定通り明日の朝の訓練には参加してもらおう」

「ちょっとまってくれ米津さん」


 ここで、今まで押し黙っていた夕陽が声を上げた。


「ここが軍隊ならあなたのやることが正しいのかもしれないが……俺たちはあくまで個人個人の力を伸ばすために修行をしているはずだ。俺自身はもっとみっちりしごいてもらって構わないが……今の遥加に俺たちと同じレベルを求めるのは酷だと思う。せめて、回復にもう1日くらい――――」

「ならぬ。これは決まったことじゃ」

「そ……そんなのひどいよおじいちゃん! あたしが遥加ちゃんの分までいっぱい頑張るから!!」


 3人は薄々気が付いていたが、遥加はこの4人の中でも身体能力が一段劣っている。それゆえ、あかぎや夕陽などに合わせた訓練をしていると、どうしても遥加だけ負担が大きくなってしまう。

 遥加自身は疲れはするものの、特に不平を言うことなくついてこようとはしているが、やはりここ10日間で蓄積した疲労の差が激しく、見ている3人まで辛くなってしまうのだ。


「仕方ない、そこまで言うのであればそなたらにチャンスをやろう。明日の朝の訓練内容は変更、少し早いが修行の成果を示す試験を課す。そこで1人でも及第点を出せれば、遥加の休養を1日伸ばしてやろう」

「はっ、言ったなジジイ! 私だって鍛えに鍛えたんだ、甘く見るなよ!」


 こうして、あかぎや夕陽たちの抵抗により、明日の朝の訓練は急遽試験となった。

 玄公斎は試験のために3人にも今日の夜の茶道修練は中止にして、休んでよいとだけ言い残し、医務室を後にしていった。


「……はぁ、勢いであんなことを言ったけど、大丈夫かな」

「……」


 玄公斎が帰った後、興奮から覚めた夕陽は冷静になって考え込んでしまった。

 遥加の容態が悪いせいで見過ごせなかったというのはあるが、上官に逆らうということをやらかしてしまったことは、軍隊的にまずいのではないかと思ってしまう。


「ま、決まったことは決まったことだ。いちいち考えても仕方ねぇ。それより、お前ら二人はとっとと寝ちまえ。私はこいつ遥加の容態が気になるから、今夜だけそばにいてやろうと思う」

「アンチマギアちゃん、やっぱり随分と遥加ちゃんを気にするんだね」

「なんでかわかんねーけどよ、なんとなく心配なんだ、こいつのことが…………」


 カプセルに入っている遥加を、愁いを帯びた表情でしんみり見つめるアンチマギア。いつもはやかましい性格で(悪い意味で)子供っぽく見られがちだが、こういう時は年相応の大人っぽい雰囲気があるから不思議なものだ。


「……そういえば、遥加ちゃんはご飯食べられなかったね。残しちゃうとお仕置きだっていうから、あたしが遥加の分を食べてくる。そして、明日は遥加ちゃんの分まで頑張るよ」

「そうか……頼んだ、あかぎ。で、お前はどうするんだ夕陽」

「俺は少し自主トレしてくる」


 各々が胸の中に思惑を抱えながら、10日目の夜の時間は過ぎていった。

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