鉄血! 米津道場! その4

「お疲れ様、お爺さん。お茶を入れたわ」

「ありがとうかあちゃん。あの子らにも随分と辛い思いをさせておるが、させる方も辛いものじゃ。いつになってもこの感覚は拭えぬのう」


 修行を開始してから大体30日分の時間が経過した夜、指導を終えた玄公斎は少しずつ存在の力を取り戻しつつある環からお茶を入れてもらい、一息ついた。

 とはいえ、環の存在はまだ玄公斎だけが普通に知覚できるだけであって、修行中のほかのメンバーは環もこの道場内にいることに気が付いていない。


 また、修行を指導する玄公斎も実はそれなりに苦労している。

 退魔士の特別教官は、玄公斎のように本来は人をのをあまり好まない上で、必要とあらば心を鬼にできる理知的な者でなければ勤まらない。しごきが好きな者だと、最終的にそれが目的化してしまうからだ。

 そして何より、この厳しい道場の環境下にいるのは玄公斎もまた同じであり、ランニングなどは自身も声掛けをしながら一定のペースで並走しなければならないわけで、並の教官では指導中に力尽きてしまいかねない。


「ですが、あの子たちは本当によく育っているわ。今ならもう1回目の試験は余裕をもって合格できるのではないかしら」

「おそらくはな。じゃが、それだけでは意味がない。あの子らには、まだまだ基礎的な鍛錬が必要じゃ。短くとも後100日ほどはかかるじゃろうな。それよりも母ちゃん、一つ相談がある」

「なにかしらお爺さん。ひょっとして遥加ちゃんのこと、私に任せようとしてる?」

「ふっ、母ちゃんには何もかもお見通しか。すまないが、時期が来たら面倒を見てやってくれんか?」

「元よりそのつもりよ。何しろあの子は――――」


 米津夫妻がそんなやり取りをしている頃、あかぎをはじめとする4人は道場になぜか配置されているやや狭い茶室で茶道の自習を行っていた。


「……うん、結構なお手前っ」

「あー……なんだかんだ言って遥加が淹れるお茶が一番美味いな!」

「そう? だったらよかった。不思議よね、初めのころなんてお茶なんて誰が立てても同じだと思ってたけど、最近は味と触感だけで誰が作ったのかわかる気がする」


 茶道については3日目くらいから玄公斎に徹底的に教わってきた4人だったが、20日目ごろから玄公斎は同席せず4人で自習するように命ぜられていた。

 玄公斎がいなくても何とかなるのも驚きだったが、そのころから不思議と立てたお茶が一人一人に個性があることがわかり始めた気がした。


「俺も遥加のお茶が一番おいしいと思う。なんというか、飲んでると疲れが癒えるんだ」

「コツとかあるのか? 私のも教えてくれよ!」

「コツなんてないよ。ただ私は一番やりやすい方法でやってるだけだから」


 それに加え、修行続きの日々において、この時間に飲むお茶は彼らの癒しとなっていた。

 おっかない鬼軍曹がおらず、緊張から解き放たれたことで、締め付けられていた心が解放されてのびのびできるからだろうか。最近では味の違いを楽しむ余裕もあるし、なんならお茶自体が体力回復アイテムになりつつあった。


「むしろ私は夕陽君の方が好きだけどね」

「えっ!?」

「……!!」


 遥加の言葉に、夕陽(と肩に乗っている幸)の顔が突然真っ赤になる。


「ぶっはは! こんなところで告白かよ! 妬けるじゃねぇか!」

「え? あー、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて、夕陽君の立てるお茶が一番おいしいってこと」

「そ、そうだよな! あはは!」

「…………」


 今度は勘違いで赤面して後頭部を掻く夕陽。肩に乗っている相棒の視線が痛い。


「なんて言ったらいいのかな、こう……おばあちゃんが日向が当たる縁側でのんびりと立てたような味がして」

「それは果たして褒められているのか微妙だな」

「じゃ、じゃああたしのは!?」

「あかぎちゃんも不思議な味がするのよ。ほかの人と温度が変わらないはずなのに、あっつあつのお茶を飲んでいるような感覚で」

「私はどうだ! 愛の深さなら一番だろ!!」

「アンチマギアさんのはいったい誰に対してどんな愛を込めたのやら、ドロドロした執念深い味がするわ」

「そりゃねぇぜ!」


 そんな不思議なお茶の評価を下した後は、明日のために就寝することになる。

 一応、寝る部屋は男女で部屋が分かれているのだが、夕陽は自分に割り当てられた部屋に戻ることなく、中庭の方に向って行った。


「……夕陽君はこの後また自主練?」

「ああ。お茶のおかげで体力がまだ余ってるからかな、しっかり出し切ってから眠りたいんだ」

「あまり無理しないでね。私もようやくこの環境に慣れてきたとはいえ、しっかり寝ないと明日の訓練がつらいから」


 こうして、夕陽は一人だけ中庭に鉄芯入りの木刀を持ち込み、ひたすら素振りに励む。

 明日の起床時間も早く、ここで体力を使いすぎると明日に響くのは分かっているが、それでも彼はやらずにはいられなかった。


「米津さんが言うには……俺は「型がなっていない」ようだけど、そもそも俺もきちんと流派とかを学んだわけじゃないからな……せめて基本の動き位は、しっかりできるようになっていないと」

「……っ」


 相棒の幸もあまり無理しないようにとたしなめるが、やはり彼には玄公斎から下された評価がこびりついて離れない。

 そもそも彼自身、刀で戦っているが特定の流派に師事したというわけではなく、戦い方の基本を親代わりの人物に教えてもらい、あとはほとんど我流そのもの。

 今までそれであまり不便ではなかったのは、夕陽自身が若いながらも多数の強敵との戦闘経験を積んでいるからにほかならず、その経験こそが彼の動きを形作っているわけである。

 しかし、それにも限界があるのかもしれない。


「…………何か御用ですか米津さん?」

「ほう、この距離でよくぞ気が付いた」


 振り返ると、渡り廊下から玄公斎が彼の鍛錬の様子を見守っていた。


「就寝時間は決めておらぬゆえ、寝る時間は己の裁量に任せてはおるが……ワシの修業ではそろそろ不足か?」

「い、いえそんなことはないです! っていうか、これ以上きつい事やらされたら、ヤバいですって!」

「かっかっか、冗談じゃよ。しかし、一心不乱に素振りをしているところを見ると、この前のことがよほど堪えたようじゃな」

「はい……あれがもし戦場での出来事だったら、俺は窮地に陥っていたはず。そう思うと、いてもたってもいられなくて」

「そうじゃな…………試験の時、標的を斬ろうとして逆に木刀が欠けたな。なぜじゃと思う?」

「おそらく、斬りつけるときの角度が間違っていたのだと思います」

「その通りじゃ、よくぞ気が付いたな」

「それに、普通の木刀を『鋭化』させても、当たり所が悪ければ逆にもろくなるだけです。俺に必要だったのは、畳巻を斬ることができる角度の見極めだった」


 玄公斎は深くうなづいた。

 そもそもの問題として、木刀で畳巻を斬るのは木刀の耐久的にも無理な話である。

 それを可能にするのは、木刀に最も負担がかからない角度で、畳巻が最もよく切れる場所に当てなければならない。

 試験当日は夕陽の体調も万全ではなく、そのような繊細な技を繰り出すことはほぼ不可能だっただろう。


「わかっているとは思うが、そなたにワシの「型」を教えることはできぬ。今のおぬしにはかえって逆効果じゃろう」

「では、どうやって俺はきちんとした型を……」

「…………ワシの型は教えられぬが、その代わり「究極の型」をいずれ授けよう」

「究極の型……そんなのを、俺が?」

「消去法で身に着けられるのがそれしかないともいえるがな。いずれは自ら真意を悟るじゃろう。その日まで、研鑽を怠らぬようにな」


 それだけ言うと、玄公斎は道場の方に戻っていった――――

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