フロンティアの嵐作戦 4
再び視点はセントラルの町に戻る。
地上では自棄になった市民が数か所で暴動を起こしていたものの、剣鬼ホノカをはじめとする治安維持部隊が積極的に取り締まったおかげか、建物などに目立った損害は発生しなかった。
その一方で、暴動を扇動するはずだった悪竜王ハイネの手先たちは、地上に出て作戦を決行する前に智香やエシュたちに先制攻撃されていた。
「異世界人め……! なぜ貴様は独裁政権に肩入れし、政府の犬となるか!?」
「独裁がどうだの、今の私には関係ない。平和な日常を送る市民に危害を加えるのを見過ごせないだけだ。それに……」
言うが早いか、智香は大柄な剣をふるい、智香のことを「犬」と罵ったテロリストの脇腹を痛打し、崩れ落ちたところを騎士団に捕縛させる。
「「犬」と呼ばれるのはもう慣れた」
そう呟きながら剣をふるい、敵を無力化していく智香の背中には、どこか哀愁が漂っているように思えた…………
広大な地下遺跡での掃討作戦は、当初予定していた以上に順調に進んだ。
智香やエシュがいない場所でも、黒抗軍中隊「金蓮」の面々が積極果敢に攻勢を強めていった。
「何かと思えば、騎士とかいう時代遅れの連中だ!」
「私、知ってるわ! 騎士の鎧では銃弾は防げない!」
「手始めにこいつらを血祭りにあげてやれ!」
フルアーマーの騎士団を相手に、テロリストたちはマシンガンやランチャーで応戦し、中には魔法を放ってくる者もいたが――――驚くことに彼らには一傷もついていなかった。
「うっ、なんてことだ!? 我々の機関銃が効かんじゅう!?」
「見くびられては困る。これは、元帥殿が拵えてくれた特注の盾と鎧。銃弾など通さぬ」
まるでロボットを思わせるガチガチに固められた鎧にもかかわらず、彼らは何も来ていないかのように俊敏に動き、おまけに銃弾や爆発も効果がない。
それもそのはず、この鎧は妖魔アルが地竜ヤヌスの鱗から精製した特注品であり、竜の鱗を貫き通すような武器でなければダメージを与えられない。
確かにこの騎士団たちは、一度はエリア8で翼人のならず者たちに壊滅させられてしまうほど頼りなく、中隊の中でも実力はやや劣っていた。
しかし、このような防具を装備すれば、彼らも十分活躍することができる。
もっとも、これらの鎧を作らせるのに相当無茶をさせたようで、玄公斎はあかぎたちが使っていた亜空間道場を丸々アルに貸し出して、たった1日(アルにしてみれば丸1年)で用意してもらったようだ。
なお――――
「エシュ殿は鎧は着ないのですか? 万が一のために貸し出す用意はあるのですが」
「不要だ。いくら動きを阻害しないとはいえ、俺はお前らのように鎧を着ることには慣れていない。普段どおりが一番だ」
エシュの分も一応用意されてはいたが、彼は装備の貸し出しを断った。
入り組んだ通路から顔を出したテロリストが、上半身がほぼ全裸のエシュに向けてマシンガンを乱射するが、エシュは床すれすれを滑るような低姿勢で突っ込んでいき、驚く間もなく敵の顔面をつかんで壁に叩きつけて無力化した。
「だが……たまにはこのようなものもいいかもしれんな」
エシュは、気まぐれにそこら辺に散乱しているマシンガンを二丁、両手に装備すると、次々と現れるテロリストたちに銃弾の雨をお見舞いした。
大勢の敵を相手に仁王立ちのまま両手のマシンガンを乱射するエシュの姿は、さながら映画に出てくる怒りの乱暴者そのものであった。
テロリストたちを掃討していくうちに、エシュや智香たちはいつしかそれなりの大きさの広間で合流した。
どうやら、このあたりが悪竜たちの根拠地だったようだが、肝心のハイネの姿は見当たらず、追い詰められたテロリストが数百名いるだけだ。
「首尾はどうだ、エシュ殿」
「何も問題ない。どうやら、こいつらで最後のようだ」
そう言ってエシュは暴れすぎて弾詰まりを起こしたマシンガンをその辺に投げ捨て、愛用の短槍を取り出す。
「だが、結局「ヤツ」は姿を現さない」
「そのようだな。これだけ手駒を減らせば、反撃に出てくるものだと思ったのだが…………」
そう言って智香は、ここに来るまで一度も抜いていない、背中に背負うもう一本の剣に手を添えた。
「おのれ……おのれおのれ圧制者どもめ! 正義を踏みにじって楽しいか!」
「正義か。貴様の正義とやらは、随分と安っぽいものだな。「本物の」正義を知っている私が見れば、滑稽なことこの上ない」
「こうなったら、お前らだけでも道連れにして、すべてを破壊してやる! 悪竜王様、我に力を……!」
「正義を自称するのに悪竜王の力を借りるのか……」
エシュがそうツッコむようにぼやいていると、テロリストのリーダー格の身体が変化し始めた。
あっという間に肉体が膨張し、肌は浅黒く、ゴキボキと骨が無理やり変化する音が聞こえてくる。
周囲のテロリスト仲間たちが唖然としていると――――突然無数の触手が生えて、仲間たちを取り込み始めた。
「う、うわああぁぁぁぁ!!??」
「ボス!? やめてください!?」
「ぬわーっ!?」
「な……なんだあれは」
「迂闊に近づくな、取り込まれるぞ。あれはおそらく、悪竜の力を意図的に暴走させている」
唖然とする智香たちの前で黒い肉塊はさらに巨大化していき、とうとう天井すれすれまでの大きさになると、テロリストを取り込んだ触手から顔のようなものが生えはじめ、頭頂部からも人と竜が混ざったような奇怪な顔面が出現した。
『グボボボボ……ハカイ、スル! アクリュウオウサマ、ノ、タメニ!』
「なるほど、これが奴らの……悪竜王の切り札というわけか」
「……そうか、あの日見た厄竜はこのような仕組みで生まれるのだな。取り込んだのが人間ゆえに、いささか不完全のようだが」
まるでヒュドラを思わせるような多頭の竜が、智香たちをにらむ。
すると、巨大な竜の口が一斉に濃い紫色に光る。
「全員、防御姿勢!」
銃弾や砲弾をもはじき返す地竜の鱗でできた鎧を身にまとう騎士団たちに、智香は防御姿勢をとらせた。
すると、数十ある頭から一斉に紫色のブレスが放出され、爆発的な衝撃波が地下全体を揺らした。
いつぞやの厄竜には程遠いが、それでも地上で揺れを感じるほどには高い威力の攻撃であった。
「全員無事か!」
「はっ、多少傷はありますが軽症です!」
「そうか。このまま長引かせるのは危険だ、私が一撃で仕留める」
「……っ、隊長! それは……!」
「なに、この程度なら寿命が1日程度縮まるだけだ、たぶん」
目の前の多頭竜を危険視した智香は、この時のために備えて玄公斎から渡されていた「神竜の剣」を鞘から抜いた。
(本当なら悪竜王本人が出てきたときのためのものだが、今は出し惜しみすべきではない)
そう……智香たちはあえて悪竜王をおびき寄せるための「餌」であると同時に、損害を覚悟で最悪刺し違えてでも倒すために、玄公斎から神竜の剣を渡されていた。
使い手にデメリットがあることは百も承知だ。それでも智香は、自分の命で大勢の市民の安全を守れるならと、この剣を受け取ったのだ。
まるで琥珀のように輝く刀身は独特のオーラを纏っており、向けるだけで多頭竜を怯ませた。
『ア……アァ』
「わかるか、これは古の神竜の力が込められた剣だ。この剣で切られることを、誇りに思うといい」
こうなってはもはや無力化は不可能と悟った智香は、真正面から敵に突っ込んでいく。
狼狽する竜はがむしゃらにブレスを放ち、抵抗するようにいくつもある首で殴りかかるが、神竜の剣に加え、自らに赤と黄色の強化をかけた智香に一切の攻撃が通じることなく――――最後は跳躍一閃し、脳天からたたき割ったのだった。
『オオオオォォォォォォォオオオオォォ!!』
「ふう……これで悪竜王の手先の一人は葬ったが、結局悪竜王自身は出てこなかった」
「だとすると少しまずいかもしれんな。こちらの手の内がばれたことになる。とはいえ、向こうも手駒を失っては当分こちらにちょっかいをかける余裕はあるまい」
「しかし、悪竜王は何を考えている」
「さあな。だが……なんとなく悪竜王は、初めからこうなることがわかっていた節があるように思える」
果たしてエシュの懸念は、そう遠くないうちに現実のものとなる。
とはいえ、彼らの活躍によって少なくともセントラルの町が足元から崩壊するという危機は避けられたのだった。
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