フロンティアの嵐作戦 5

『よいか「苦悶」よ、ワシは今おぬしの精神に直接語り掛けている、そのまま聞け。そなたは無惨にも異世界人の手駒となってしまったようじゃが、それでよい。今はそ奴の好きにさせ、思うように暴れるがよい。好機は必ず到来する、その時改めてそなたに勅を下す』


(心得ました、悪竜王陛下)



「ハハッ、ついにおっぱじめやがったぜ、気色悪い天使と頭の足りない人間どもがよぉ! この機会を逃す手はねぇ、テメエら、今こそデストリエル様に勝利を捧げろ!!」

『はっ』


 服を着崩した短い金髪の男――――天祖 智典てんそ とものりは、自らが支配下におさめた若い男女数十人を前に、茶色い瞳を狡猾な蛇のように細めてそう命じた。

 目の前にそろった者たちの力量はピンキリだったが、その中で一人、智典に似た背格好の男だけ、なにやら異様な雰囲気を放っていた。


 その男の名はルヴァンシュという。

 一見するとどこにでもいそうな腕利きの戦士であり、エリア6で戦っていたところで智典に瞬時に洗脳されたのだが…………実はこう見えても「苦悶のルヴァンシュ」の異名を持つ悪竜王四天王の一人なのだった。

 それほどまでの男を支配下に置く智典の能力も大概だが、部下を洗脳された悪竜王もただでは転ばない。

 悪竜王はこのルバンシュという忠実な部下てごまにとある爆弾を仕掛けているのだが、智典がそんなことを知る由もなかった。


「よぉし、まずは…………手始めにあそこだ!」


 智典が狙撃銃を構えると、弾丸が1km以上先まで射出された……と、同時に周囲にいた彼の支配下にある人間が数名、一瞬で消えたのだった。



 ×××



 戦争計画というのはいつの時代も完璧にうまくいくことはない。

 長年戦いに身を投じてきた玄公斎は、そのことをよく知っていた。


 今回の対危機作戦「フロンティアの嵐作戦」の肝は、各方面の敵総大将をピンポイントで撃破し、天使の軍団そのものを無力化することにある。

 ミノアたち竜人らがエリア4での戦いで得た情報として、下っ端の天使たちは上級天使の指示がなければ集団行動ができないロボットのようなものであり、その上級天使もまたそれを使役する大天使の指揮がなければ機能しない。

 これは軍隊において大きな弱点であり、指揮系統を潰せば一気に無力化することを意味していた。


 贖都エテメナンキの廃墟一面に広がる数百万という天使の大群――――

 数だけであれば、フロンティアに住む人間すらもはるかに上回る物量であるが、それを動かす「頭脳」さえ破壊してしまえば、これらの数も無用の長物と化す。

 そのうえ、頭脳である大天使は、玄公斎の目論見通り一人で大軍を指揮しなければならないため、一か所の攻撃に集中するとほかの場所の動きがおろそかになる。

 今まで数々の世界を滅ぼしてきたスィーリエだが、そのどれもが脆弱な人間を一方的に蹂躙してきた経験しかないので、こうした奇襲作戦への対策が脆弱だったのだ。


「今のところは順調じゃな……恐ろしいほどに」

「ええ、お爺さん。今のところ私たちの方への損害はほとんどないわ」


 飛行船の艦橋から戦場全体の状況を注視する玄公斎と、船の操縦に専念する環。

 モニターから確認できる戦況はどれもこれも順調そのもので、敵の大天使は面白いくらいに玄公斎の術中にはまっている。


「どうやら、敵さんは第1天兵団が釣り上げたらしいのう。しばらく苦労を掛けるが、奴らならやってくれるはずじゃ」

「むしろあの子たちにとっては本望でしょうね」


 モニターのレーダーには、敵の個体の戦力値に応じてマーカーが強く光る仕様になっており、ひときわ強く光るボスと思わしき個体は第1天兵団めがけて一直線に向かったようだ。

 一応これも作戦通りであり、彼らは粗暴かつ目立つので、潔癖症気味のスィーリエ陣営の大天使たちは本能的に彼らを真っ先に排除しようとするだろうと踏んだ。

 そうでなくても、大天使の攻撃にある程度耐えられる戦力のグループはほかにもいくつかいて、そのどれかに食いつけば上々、そうでなくてもすぐに別のグループが援護に入ったり、最悪の場合は玄公斎が直々に援護に向かうことも可能だった。


「とはいえ、気になるのはここにいる何者かのしょうたいじゃが」

「解析の結果、ここにいるのは人間の集団のようね」

「だとすると天使陣営の手先ではないようじゃな。かといって味方とも限らぬ」


 それより玄公斎が今気になっているのは、戦場から少し離れた場所にいる少数の人間の集団だった。

 このようなところに人間がいるのは不可解だが、今のところ敵とも味方とも区別がつかない。

 もし敵対勢力だとわかれば、今すぐにでもビバ(略)号の武装で一斉攻撃を行い、アウトレンジから全滅させることも可能なのだが、わからない以上不用意な攻撃はできない。


 とはいえ、普通であればこれだけの人数で戦況に影響を及ぼすことはありえない。

 そう、普通なら…………


 しかし、これらの正体不明の敵勢力に動きがあった。

 それもタイミングが悪いことに、玄公斎がほかのエリアの戦況を見ようとした直後であり、意識をそらした瞬間に正体不明の人間たちのマークがぽつぽつ消え始めたのだ。

 そしてその直後――――



『こちら「チーム・フォックスロット」! 所属不明の人間から攻撃を受けた!』

『なぜ人間が攻撃してくるんだ、敵は天使だけじゃなかったのか!?』

『「チーム・シエラ」から総司令部へ! 所属不明の人間が突如転移してきた、こちらを攻撃している!』


「……なるほど、やはり奴らは敵か。初めのうちに仕留めておくべきだったか」


 いくつか分かれている第4師団のチームから、突然人間が現れて攻撃してきたと連絡が入った。

 これで玄公斎は確信した。彼らが先ほどから気になっていた正体不明の連中はこちらを妨害する敵であり、さらに何らかのワープ能力を持っていることも判明した。


「邪魔立てするのであれば容赦はいらんな。かあちゃん、あの集団に砲撃を打ち込んでやれ」

「おっけーよ!」


 敵と分かれば遠慮はいらない。

 あらかじめ敵の座標を打ち込んでいた環はあっという間に照準を合わせると、まだワープしていない集団に向けて4連装プラズマ砲「スターダストライトニング」を猛烈な勢いで打ち込んだ――――――次の瞬間、突如、環の身体を激烈な痛みが襲った。


「――――っ!!??」

「どうした、かあちゃん!?」

『警告 操縦者の意識レベル低下 直ちに交代して下さい」


 操縦席に座ったままぱったりと動かなくなる環に、慌てて駆けつける玄公斎。

 ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号はたちまち操縦不能に陥り、地上の舞台は上空からの支援を一時的に失ってしまったのだった。




※ビト様へお知らせ

 この後、ビバ(略)号で茶香月さんチームを迎えに行ってもいいでしょうか。

 詳細は近況ノートに記載してますので、よろしくお願いいたします~

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