フロンティアの嵐作戦 6

 各地で優勢に戦いを進めているはずだった黒抗兵団連合軍だったが、ここにきてその一方的な優性に陰りが見え始めた。

 きっかけは、あちらこちらの分隊に所属不明の人間たちが襲い掛かってきたことだった。


「なんなのこいつら! 突然現れたかと思えば、あたしたちに喧嘩売ってくるなんてっ!!」


 竜人部隊を率いているミノアのところに、突然手練れの人間が出現し、彼らに対して攻撃を仕掛けてきた。

 不意打ちだったうえに、襲い掛かってきた男性の戦士は竜特効付きの斧を振るってきたことで、竜人の何人かが重傷を負ってしまったのだ。


「デストリエル様のために…………」

「あの天使の手先……というわけでもないようだけど、デストリエル様って……?」


 その上、彼らは一様に意識が上の空で、うわごとのようにデストリエル様デストリエル様と呟くだけ。

 にもかかわらず体はまるでサイボーグのように正確に動くので、却って不気味である。


「ミノアさん! 大丈夫? 何か人間が突然現れたんだけど!」

「シャイ坊っ、そっちは平気? あたしたちの方は何とか抑えてるけど、けが人が出てる!」

「もう、シャイ坊って言わないでよっ! こっちもいきなり現れてびっくりしたけど、なんとか倒したよ!」


 シャイ坊ことシャインフリートが、突然現れた正体不明の敵のことをミノアに知らせるべく合流してきた。

 彼もまた死角から不意打ちされそうになったが、頭上にいたトランがとっさに知らせてくれたおかげですぐさま反撃したことで難を逃れた。


「い、いったいだれが何のために…………」

「大丈夫だよトラン、転移元のタネさえわかれば対処できるはずだ。それよりもミノアさん、このことをおじいさんに連絡しなきゃ」

「それもそうね。通信機ですぐに報告を―――――」


 そう言ってミノアが通信兵に連絡をさせようとする前に、通信機から玄公斎の声が聞こえた。


『全軍に告ぐ。正体不明の敵戦力が現れた。彼らは少数じゃが、遠い場所から転移してくる。警戒を怠らぬように。また、残念なことに、その敵勢力の攻撃かは不明じゃが、うちのかあちゃんが意識不明の重傷を負った。このためしばらく航空戦艦は援護射撃を行えない。しばらくは損耗を抑えるように』

「な、なんだって!?」


 まさかの母艦が戦闘不能という事態に、ミノアをはじめ全軍の指揮官が衝撃を受けた。


「えっ!? おばあちゃんが重傷!? 大丈夫なのそれ!?」


 手あたり次第斧で殺戮の火炎嵐を発生させていたあかぎは、環が原因不明の重傷を負ったと知らされてショックを受けた。

 みれば、上空を飛んでいたビバ(略)号は、見る見るうちに戦場から遠ざかって行ってしまっていた。

 こうなってしまうと、たとえピンチになってもしばらくは自力で何とかするほかない。


「おい梶原中佐! よく聞け、母艦が何者かの攻撃を受けた。その上、各戦線で正体不明の敵が攻撃を仕掛けてきている! しばらく援護攻撃は期待できないから慎重に戦え!」

「おう、つまりいつも通りだな! だから俺たちはいつも通りいくぜ!」


 現在一番の激戦地は、いつものように敵のど真ん中に突貫した第1天兵団と、そのお目付け役になっている綾乃たちだった。

 何しろ彼らが戦っているのは、敵の本丸である大天使サリエルなのだから。


「叩き潰されろ…………羽虫どもの分際で! やかましいんだ、ブンブンと……!」


 大天使サリエルは、ほかの大天使と比べて戦闘力はあまり高くないので、その分を下級天使の多さでカバーしようとしていた。

 とはいえ、強さは普通の人間では相手できるものではない。


 今、天兵団の目の前には、怪獣と見まごうような巨大な植物の塊があり、無数の蔦や枝を駆使して、周囲をがむしゃらに薙ぎ払おうとしてきている。

 これは、サリエルが大自然をつかさどる天使としての能力であり、どれだけ荒廃した土地でも、文明が闊歩する土地でも一瞬で緑に変えてしまう力を持っている。

 この能力によって、自然を破壊する愚かな人類の文明を幾多と破壊してきたのだが、それを上回る科学と人間の能力を前に、サリエルは防戦一方であった。


「再生が速いわね…………。弾薬類は幾瀬少将から預かっている「工房」からほぼ無制限に供給できるが、人間の体力がどこまで持つか。こういう時こそ、母艦の支援砲撃が欲しかったのだけど」


 的確に天兵団の指揮をしつつ、相手を観察している綾乃は、天兵団の全力を持っても攻撃と再生スピードが拮抗していることを悟った。

 まずは周囲の上級天使を全てかたずけるのが先とはいえ、今のままでは大天使をくぎ付けにするだけで精一杯。せめてあかぎくらいは早めにこちらに回せないかと思案しているところだった。

 そんな中で、正体不明の敵が現れたというのだから、世の中うまくいかないものである。


「ん~……こうなったら、あのアンチマギアとかいうミイラに、一時的にこっちに来てもらうか。あの子の力で植物の再生を無効化してしまえばこっちの物になりそうだし」


 こうして綾乃はアンチマギアの部隊が一時的にこちらに来てもらうことは可能か確認することにした。


 そのころ、アンチマギアとその麾下の海賊たちも敵の大天使を倒すべく奮戦していた。


「ははっ、造作もねぇな! 強くなったアンチマギア様の力、思い知ったか!」


 修業の成果で身に着けた、包帯を伸ばして敵の能力を無効化する攻撃で、敵の天使を巻き取って無力化しつつ攻撃するというコンボがハマり、先頭は比較的順調そうだった。

 ところが、部下の一人が突然どこからか飛んできた銃弾を食らった。


「うっ!?」

「ん、マチ子!?」

「大丈夫です船長、撃たれたかと思いましたがどこも痛くないです」

「そうか? ならいいんだけど、無理しないようにな」


 マチ子と呼ばれた海賊は撃たれはしたものの、なぜかどこにも痛みがなく、戦いに支障はなさそうだった。

 アンチマギアは大丈夫そうならいいかと、彼女に背を向けて戦闘を再開した。

 しかし、少しするとマチ子の様子が少しおかしくなってきた――――


『捧げよ――デストリエル様に祈りと心を捧げよ』


 銃弾を受けた彼女の視界に、徐々に黄金色の粒子がちらつき始めた。


(なんなの…………この声は、うっ……)

『デストリエル様に祈りを捧げよ。より働け、デストリエル様のために』

(あっ、あっ、あっ、あっ)



「ありゃ? おーい、どうした?」


 突然武器を構えたまま動かなくなってしまった部下を見て、心配そうに様子を確認するアンチマギア。

 だが、次の瞬間――――彼女の腹部に強い衝撃と痛みが走った。

 マチ子のカットラスが、アンチマギアの身体を貫いていたのだ。


「な、なんじゃこりゃあああぁぁぁぁぁぁ!!??」

「船長!? 何事ですか!?」

「大変だ、マチ子が謀反だ! 船長の腹を刺した!?」


 突然の身内の裏切りで、アンチマギア海賊団はたちまち大パニックに陥ったのだった。

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