フロンティアの嵐作戦 3
今回の「危機」に対抗するうえで黒抗兵団たちが恐れる事態の一つに、第三勢力の介入が挙げられる。
ただでさえ戦力的に劣勢で、戦略的にも一か八かの状態でこれ以上場をかき乱されるのは避けたい。
特に厄介なのが「悪竜王ハイネ」とその傘下の竜たちだ。
エッツェル陣営は、ある意味天使たちにとっても討伐すべき対象になっているため、わざわざ姿を現してヘイトを稼ぐ意味合いは少ない。それゆえ、天使か人間のどちらかが決定的に劣勢にならない限りは出てこないだろう。
それに比べてハイネはフットワークが軽く、悪意を生み出せるのであればどんなことでもしてのけるので、こういう混乱状態の時こそ一番活発に動くことが予想される。
とはいえ、少ない戦力を割いてまでできる対策は限られる。
そこで玄公斎は、悪竜陣営に「手出ししてもうまみがあまりない」ことを思い知らせ、将来的な活動を抑止しようと考えたのだ。
現在地下遺跡の浅い階層で犯罪組織の討伐にあたっている智香やエシュらは、実は切り札となるものを用意しており、ハイネがノコノコと出てきたら何を犠牲にしてでも討ち果たす、ないしは重傷を負わせる手はずであった。
ハイネが挑発に乗ればよし、乗らなくてもセントラルの平和は保たれる。まさに一石二鳥といったところだが――――
「などと浅いことを考えておるのじゃろうなァ」
地下深くに広がる遺跡の一角で、たった一人暗闇の中にいるハイネはキシシと獰猛な笑みを浮かべていた。
「連中は勘違いをしておる。特にあのジジイ、軍人ゆえにすべての敵は最善の行動と合理的な考え方をすると踏んでおるな。じゃが、悲しいかな、それが人間の思考の限界……ワシら竜のことを何もわかっておらん」
こうしている間にも、手塩にかけて作り上げた手ごまたちが一方的に殲滅されていく。当然、ただでやられるつもりはないが、ハイネは彼らを半ば見捨てている。
「悪竜とは…………「手段」に固執する生き物なのじゃ。「目的」など後でいくらでもついてくる。人間が何を食べたとしても、腹が満ちるのと同じことだと気づくのは、いつになるのやら…………ま、奴らがその気なら、此度も全力で遊んでやるとするかの」
彼はそう独り言ちると、その姿を徐々に闇に溶け込ませていった。
×××
そんなハイネの思惑など知る由もなく、玄公斎率いる黒抗兵団第1中隊(といっても兵力的には完全に「師団」クラスだが)は、高速で飛行する航空戦艦であっという間にエリア6「古戦場」に突入し、エリアの奥地のさらに向こうにある「
シャザラックによれば、彼が持つ情報網から敵の大群がこの地に集結しているとのことで、これらを無力化できれば包囲網による負担が大幅に減ることが見込まれた。
「攻撃予定地点に熱源を多数確認したわ。ものすごい数……ちょっとした国の人口より多いわよお爺さん」
「うむ、じゃが報告によれば戦闘員の9割は隊長格の指示があってこそ動けるという。なれば、我らが狙うは指揮系統の無力化――――すなわち「斬首作戦」じゃ」
「敵の解析は私の方で行うから、みんなは適宜攻撃に移って頂戴ね」
『応!』
音速を越えて飛んでいく「ビバ(略)」号は、基地があるヘキサゴンを飛び立ってわずか10分後に作戦予定地に近づいた。
そこには予想通り、大地を埋め尽くす白い物体…………女神スィーリエが作り出した天使ホムンクルスがひしめいていた。
そして、その中心では――――まだ黒抗兵団の接近に気が付いていない1人の大天使が、見渡す限り整列している天使たちを見て満足げにうなづいていた。
「流石スィーリエ様……素晴らしい! あの駄女神には無理でしょう、これだけの天使を生み出すのは……!」
そういってオーバーに両手を広げて叫ぶのは、フロンティア侵攻を進める大天使の一人――――サリエル。
ポニーテールにした黒髪で、背中に4枚の羽根をはやし、背中に6本の剣を背負うこの大天使は、すべての戦力が完璧にそろった今、圧倒的兵力で人間を蹂躙せんと出発の指示を出そうとしていた。
しかし……
「む? 飛んでくる……何かが!? 人間…………まさか!」
大空にポツンと見える小さな点が徐々に大きくなると、それは一瞬で上空を通過し、数瞬後に轟音が鳴り響いた。
一体何事かと確認するまでもなく、すぐさま「脅威」が空から降り注いだ。
「一番槍はおれだああぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬかせえぇぇぇぇぇ! くれてやるかよぉぉぉぉぉ!!」
「うるせええぇぇ!! てめぇら黙ってついてこぉぉぉぉぉぉい!!」
整然と並んだ天使たちの群れのあちらこちらに人間が着弾した。
もはやこの世界ではお約束になりつつある、第1天兵団たちの人間砲弾攻撃だ!
彼らは高高度からの落下で恐怖を感じるどころか、味方よりも1ミリ秒でも早く「着弾」しようと競争する始末。
次々と地面に突っ込んで、周囲の天使を多数巻き添えにする彼らを見て、彼らの後を追う綾乃中将は、すでに頭に幻痛を覚え始めていた。
「まったく……あの馬鹿どもは人間の身体を何だと思っているんだ。まあいい、連れてきたのは私の責任だ、やるからには徹底的に使いつぶさないと」
「フェッフェッフェ、そうカリカリしなさんな。人間も機械も、長持ちするのがいいものさ」
そう言って綾乃の横で笑う軍服姿の老婆は、第4師団の「軍医」の一人である
彼女は古くから伝わる生命活性術で味方を持続的に回復することに長けており、味方からは「地獄の獄吏より人を酷使する」と恐れられている。
今回彼女が天兵団たちと一緒の地点に放り込まれたのも、激しく消耗するバカたちを少しでも長く暴れさせるためだった。
そんな彼らを見て唖然とするサリエルだったが……
「馬鹿が……愚かな……! あれだけの数で何ができるというの……人間の分際で!」
サリエルはすぐに天使たちに攻撃命令を下し、むざむざ飛び込んできた自殺志願者たちを殺すよう差し向けた。
が、天兵団にに遅れること数十秒ほど、上空を高速で通過した飛行戦艦から、ビームや中性子投射砲が天使の群れに浴びせられ、あちらこちらにそれなりに広い空き地を形成するとともに、そこに転送用の魔法陣が現れて、乗っていた人々が転送されてきた。
「はっ、こりゃいい! 私の修業の成果を存分に見せてやるぜ! 天使ども、タイマンだ!」
「私たちも船長に続け!」
「おーっ!」
「異世界から来たばかりの新入りたちにでかい顔させないよ、黒抗兵団中核部隊の力を見せてやるんだから!」
「ああ。やるべきことをやるだけでは足りん、すべてを叩きつける」
「あたしは一人だけか……まあ、仕方ないか。下手すると味方巻き込んじゃうし…………ねっ!!」
あかぎが受け継いだばかりの巨大な斧を軽く一振りすると、すさまじい勢いで炎の渦が巻き起こり、周囲の天使たちを蒸発させた。
それが合図になったどうかは定かではないが、いくつもの集団があちらこちらで戦闘を開始した。
「なんだこいつらは…………あちらこちらにちまちまと! どれから倒すべきか……!」
同時多発で巻き起こる攻撃で、サリエルはどこに攻撃の重点を置くべきか戸惑うことになり、しばらく本格的な攻撃に移れなかった。
これぞ玄公斎の思うつぼで、本来であれば少数の軍隊をさらに細かくして大軍に当てるのは下策も下策、自殺行為に人いいのだが、今回ばかりはあえてこのように攻撃地点をばらけさせることで、敵の指揮系統を混乱させたのだ。
「この天使どもは、結局一番上の指示にしか従えん。奴らには臨機応変に対応する能力はない。さて、敵の司令官はいつしびれを切らすかのう」
当の玄公斎は、ほかの仲間たちの大半が出払った後も船内に残っていた。
これは上空から敵の動きの把握に努めるだけでなく、もし押されている部隊がいたらすぐに救援に向えるようにするためである。
戦力の逐次投入は避けるべきとはいえ、予備兵力のない戦いはそれ以上に危険だ。
モニターを確認しながら戦況をつぶさに見つめていると、艦橋で操縦を一手に担っている環があることに気が付いた。
「お爺さん、ちょっと見て頂戴。ここなのだけど」
「ふむ、やや離れたところに熱源あり……これは果たして敵なのじゃろうか?」
天使の大群がひしめき合っている戦場からやや離れたところに、レーダーがごく少数の生体反応を発見したのだった。
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